2007年04月26日
 ■  イングラム先生のお悩み相談室 (その5)

スーパーロボット大戦OGで萌えるスレ その146
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588 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/04/04(水) 03:45:46 Jd5lEIHt
流れを両断してお久し振りの。

続々々々・イングラム先生のお悩み相談室
モイスチャールーム
アラド女難(時々先生)

…投下して宜しいか?



589 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/04/04(水) 03:47:12 SwgcyR7O
OK忍!




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590 :Distress :2007/04/04(水) 03:53:54 Jd5lEIHt
―――居酒屋 ハガネ

「・・・」
 和風の純居酒屋。そのカウンターの隅に座り、酒とつまみを味わうイングラム先生。ここ最近の無茶な働き振りは多くの人間に知れ渡り、それこそ名前も知らない一般兵からも相談が舞い込む始末だった。
 もうそれについて弁解する気は無いが、自分の時間を奪われる事を良しとしなかった先生はBAR ヒリュウとは全く対極であるもう一つの隠れ家に足げなく通っていた。
 …その名はハガネ。やたらと豪快な大将が経営する、日本料理と酒を振舞う居酒屋だ。酒の種類は多くはないが、出される料理はそこらの料亭にも負けない質を誇っていた。
「やはり、良いものだな。独り酒は」
 お銚子からぐい飲みに酒を注ぎ、独り言を言う。誰かのペースに合わせ、自分の酒の進み具合を妨害されるのは好きではない。
 昔…ヒリュウは静かなものだったが、今のあそこは自分には騒がしすぎる。それを認識したイングラムは他の客が滅多に訪れない穴場中の穴場に拠点を移したのだ。
 
 …そうして、煙草をふかし、料理を注文しながら酒を進めていく先生は不意に自分以外の客の存在に気付いた。
「む…?」

『ハア――』

先ず気になったのはその客が発する溜息だった。エクトプラズムでも吐きそうなその重たい吐息はイングラムの興味を誘うには十分だった。
「アレ…は」
 その後に飛び込んでくる、その人物の青白い顔。先生が知っている顔だった。
「あ、アラド…?」
 アラド=バランガ。先生の弟分であるクォヴレーとつるんでいる駄目な子の見本品。だが、駄目な子ではあるが、内部に隠した爪の鋭さは他を圧倒する。
 最近のアラドの成長振りは目を見張り、各種ミッションに於ける彼の戦績は必ず上位にあった。…そんな最近上り調子のぷに少年が何故こんな寂れた場所で独り溜息を吐いているのかが先生には判らない。
「んぐ…んぐ…っ、はああああ…」 
 傍らに置いたカルピスのボトルを一気飲みしてまた溜息を吐くアラド。…あんな飲み方は血糖値を危険に晒す。先生はそう突っ込みたくなった。
「……大将」
「…何だ?」
 アラドは肴が無くなった事に気付き、カウンターに控えていたダイテツ艦長に注文を告げた。
「砂肝とレバー…各十本ずつ」
「うむ。相変わらず、良い喰いっぷりだな」
 微笑を湛えた大将はアラドの注文を捌く為に忙しなく手を動かす。アラドの視線は死んだ様に濁っていた。

「・・・」

 今迄何度も通った居酒屋だが、アラドに遭遇した事は先生には始めてだった。しかもあの寂しそうな、内に毒を溜めている様な視線は何なのだろうか?
「…気になるな」
 もう何度目かの、先生の悪い虫が疼き始めた。首を突っ込んで碌な目に合わないのは過去の経験から明らか。しかし…そんな辛そうなアラドの視線の理由が知りたくて先生は居ても立っても居られなくなった。
「仕方が無い。世話を焼くか」
 イングラムは肴を載せた皿とお銚子を手に持って、自分の席から立ち上がった。…これでも多くの若人の悩みを解決してきた似非カウンセラー。今更その経歴が増えた所でイングラムは痛くも痒くもなかった。

「隣、構わんか?」
「え?…あ」
 アラドの返事を待つ前にイングラムはアラドの直ぐ隣の席に腰を下ろす。そうして、わざとらしく煙草を咥えて火を点けた。
「お前の姿が目に入ってな。…お前の様に若い客はここでは珍しい」
「…そうなんスか?今日…始めて来たから」
 アラドは顔を伏せてイングラムと目を合わせようとしなかった。
「…良い店だとは思わんか?ここは」
「…ええ。静かだし、何よりも飯が美味いっスね」
「ああ。酒も限定されるが中々の品揃えだ。一杯引っ掛けるには丁度良い」
「すんません。酒は…判らないっスわ。俺、餓鬼だから」
 イングラムが空のぐい飲みに銚子を傾けると、アラドは再びカルピスのボトルを呷った。
 …未だ警戒されている部分はあるが、話を合わせてくれている分、取り付く島はあった。先生は本題を切り出す。

「で、何か深刻な悩みでもあるのか?お前は」

「っ」
 アラドは目を見開いてイングラムの顔を凝視する。声を詰まらせながら、アラドはイングラムに答える。
「俺…そんな、酷い面…してます?」
「ああ。死んだ魚の様な面だ。溜息ばかり吐いているしな」
「・・・」
 ぎゅっと唇を噛むアラド。内にある黒いものがその可愛い顔を汚していく。イングラムは言葉を待った。

「少佐…何か…相談事に乗ってくれるって聞きましたけど」

「あ…っ、まあ…最近、その手の事に首を突っ込む機会が多い事は認める。しかし、それは誰から」
 大手を振って喜べないイングラム。悩みを聞く事で救われる人間が多くなる事は嬉しいが、それで名が売れ過ぎてしまっても困るのだ。
 当然の様に自分の噂を知っていたアラドを先生は問い詰める。
「アイビスさんから聞いたんです。…世話になったって」
「ああ」
 嘗て胸の事で相談してきた負け犬の事を思い出した。あの時は途中から恋愛談義になってしまってまともなアドバイスも出来なかったが、アイビスはそれに感謝していた様だ。
「……はあああ~~~」
 再び、アラドが死にそうな声を出した。だが、あからさまに自分に相談をしろとは言えない先生はそのままアラドのケチな顔を肴にして酒を飲み続けた。

「お待ちどう」

 ニュッ、とカウンターから手が伸びて、大将は焼き鳥で山盛りの皿をアラドの前に持ってきた。アラドはそれを無言で受け取って、それを食べ始めた。
「あー、大将」
「注文か?」
 イングラムのエロ格好良い魔性の声とダイテツの老練なエロ渋い声が重なった。
「ツボダイの煮付けを」
「うむ。暫し待て。…しかし、珍しい組み合わせだな少佐?」
「確かに。しかし…まあ、これも性分と言う奴です」
「ふふふ…」
 ダイテツは意味がはっきりとは判らない笑みを口元に引いて厨房に引っ込んだ。イングラムはダイテツと言う男の奥深さと偉大さを知っているからこそ、腰の低い態度を取った。
 
 そうして、暫く経って…
「げっぷ…っ、はああああああああ~~~~」
 追加注文した串物を綺麗に食べ尽くしたアラドは見てていじらしくなる表情をして、また溜息を吐いた。…そこでイングラムは漸く傍観を解除した。
「何か、あるな?」
「え……ぅ、え?…や、やだな。そんな訳ないじゃないっスか」
「嘘を吐くな。その程度の事は簡単に見抜ける。…溜めてるものがあるなら、ぶち撒けてみろ」
「っ!」
 頑なに否定するアラドの心の外周をジワジワ侵す先生。歳若いアラドはそれに抗えなかった。
「あの…聞いて、くれるんスか?」
「お前にその気があるのなら、聞こう」
 一瞬、自分は何をやっているのかと自分に問うたイングラムだが、もうここまで来てしまえば最後まで面倒を見るしかない事を悟り、その迷いを消す様に酒を飲んだ。
「判りました。溜めても仕方ないし、少佐に聞いて貰う事にするっスわ」
 一端深呼吸し、呼吸を整えるアラド。そこから語られる青少年のお悩みをイングラムは聞き始めた。

「最近…休まる暇が無くて」
「休息が取れていない?…仕事がキツイのか」
「いえ…仕事は順調っス。カイ少佐も頑張ってるって褒めてくれます」
「あの男が、か」
 アラドの現在の職場は教導隊預かりで、その職務は雑用係…と言った所だろう。だが、腐っても教導隊にあるアラドに適当は許されない。訓練や職務だってさぞきつい物があるだろう。
 そんな激務にあり、直属の上司であるカイ=キタムラに褒められると言う事はそれだけアラドの働きが認められていると言う証拠だ。上辺や酔狂であの実直な男は他人を褒めたりはしないのだ。
「やる事をきっちりこなして、休む時には休む。それが出来てればカイ少佐は厳しい事は言わないし、褒めてくれるんです。でも…」
「それでもお前は休めてない。…原因は、私生活か?」
「そう…なんでしょうね」
 ここから先を切り出そうか悩むアラドが渋い顔をした。だが、それは一瞬で、次には続きを語っていた。

「最近…その…ぁ、アイビスさんと…仲良くなりまして」

「むっ!」
 ちょっと照れた様に言うアラド。イングラムの心が少し軋んだ。…何故ならば、少し前に彼女にそれを勧めたのは他ならぬ自分自身だったからだ。
「そ、それは…っ、良かったな。で、お前は…それに不満があるのか」
「いえ…別に無いっスよ。アイビスさん…年上だから優しいし、世話焼いてくれるし、ちょっとドジだけどそこも可愛いってーか…」
「…惚気の類か?」
「まあ…半分は///」
 …聞いて損をした。一瞬そう思ったイングラムだったが、問題はそれ以降に起こった事にある様だ。その証拠にアラドは見た事も無い怖い顔をしていた。
「でも…それを良く思わない人が居たって言うのかな…。その人達が出て来てから、俺の生活が…狂ってきて」
「それは…」
「俺は気付けなかったけど、その…俺を好きだった人達が俺に群がるんすよ。アイビスさんもそれに対抗意識を燃やしちゃって」
「群がる、だと?」
 何故だろうか?とてつもなく不穏な空気が何処からとも無く流入し、アラドと自分の周りを包んでいる気がした。
「気が付いたら…誰かしらが隣に居るんすよ。仕事中には無いんすけど、昼休みとか…部屋に帰った時。最近は寝てる時だって…」
「寝ている時?…ストーカーに目を付けられたのか?」
「今じゃあ、もうそれと大差無いっスわ。…どれだけ鍵を閉めても入り込んでくるし、一人になる時間すら奪われて」
「あ、アラド……」
 大分、精神が参っている様だった。その緑色の瞳には、今にも泣きそうな程に涙が溜まっていた。アイビスに代表されるその一団がアラドにとってのストレスの原因になっている様だ。
 一体、その連中がアラドに何を強要しているかは知らないが、精神的にタフガイなアラドをここまで追い込んでいるのだから、相当に搾取しているのは疑いようが無い。
「一体…誰だ?そのたわけは。具体的な名前は言えるか?」
「それは…」
「言いたくないならそれも良いが、俺がそれを知る事で立てられる対策もあるだろう。…だが、無理には聞かんよ」
「・・・」
 そんな言い方はずるい。大人な対応をするイングラムの発する言葉はアラドを容易く揺るがせた。
 こんな現状に於いて、別に知られて恥になる事はないし、イングラムがそれを吹聴して回る人間でもない事をアラドは判っている。
 アラドはその名を口にした。

「ゼオラ…と、姉さん。…オウカ姉さんっス」

「…何だと?」
 一瞬、先生は耳を疑った。ゼオラについてはまだ判る。アラドと対になる様に調整されたのだから、その情が嫉妬に変わる事だってあるだろう。
 だが、オウカ=ナギサまでそうだったとは恐れ入る。ラトゥーニ一本の女と思っていたがそれはフェイクで、実は狂おしいまでの情を不出来な弟に注いでいたと言うのだろうか?
 …どちらにせよ業が深い。スクール一家で唯一の男を盗られたと思ったゼオラとオウカは簒奪者であるアイビスからアラドを奪還しようとと極端な行動を開始したのだろう。

「…難儀、だな」
 そして…その闘争の火種を炊き付けたのは他ならぬ自分自身である事を知ったイングラムは唇を噛んだ。
「ちょっと恥ずかしいっスけど、これが瑣末って事で」
「あ、ああ」
「ふう。…喋ったら、少し軽くなったっスわ。どうも有難う御座いました、少佐」
 ペコリ、とお辞儀したアラドは財布を取り出して会計に走った。
「待て。お前、部屋に帰るのか?」
「?…ええ。明日も仕事っスから」
「…帰った所で、居場所など既に奪われているのではないのか?」
「そうっスね。…本当は帰りたくないっス。針の…狢っスから」
 それは筵だ。そう突っ込む気力すら今のイングラムにはない。それ以上にアラドが気の毒だった。
「でも、俺の塒はあそこだけ。…贅沢は言えないっスねー」
 ある意味で幸運な事だ。アラドはそう言いたかったのだろうが、その言動は魂の叫び聞こえて先生には仕方がない。
「それじゃ、少佐。お休みなさい」
 アラドは感情を押し殺した顔のまま、居酒屋を出て行った。

「いや、待たせてしまった。鍋の調子が悪くてな」

「あ…いえ」
 漸く自分が頼んだ注文が来た。だが、イングラムは気のない返事で返すだけだった。
「どうした、少佐。…何かあったのか?」
「いえ、想定の範囲内です」
「そうか?…なら、良いが」
 政治家答弁でダイテツに返したイングラムは根元まで吸いきって、フィルターだけになった煙草を灰皿へと捨てた。
 …結局の処、愚痴を聞くだけに留まってしまった。何かしらの声を掛ければ良かったのだろうが、その機会はとうに過ぎ去り、過去のものになってしまった。
「さて、どうしたものかな」
 独りごちて、アラドを取り巻く問題の解決策を模索するが、出て来るのはどれもこれもがその場凌ぎの付け焼刃に過ぎない。
 アラドの持つ魅力に魅せられた女が群がり、その矛先であるアラドは悲鳴を上げている。肉欲の檻、甘美な地獄…そこから解き放つ手段をとうとう先生は見出す事が出来なかった。

 …半刻ほど経過して酒も肴も無くなった所で、イングラムは勘定を済ませて自室へと帰った。

「見ていて本当に気の毒だな、アイツは。…何とかしてやりたいが」
 寝台に潜っても、頭を掠めるのは先程見たアラドの疲れ切った表情だった。
 …イングラムがここまで気にかけるのは、その発端に自分の行動があるからだけではない。…アラドに笑顔を取り戻して欲しい。そんな強い思いがあった。
「…寝るか」
 だが、どれだけ思いを巡らせても良い考えは浮かばない。イングラムは思考する事を放棄して、睡魔の尻尾を掴んだ。


―――翌日 居酒屋ハガネ
 昨日から考え続けた先生の脳味噌の中には打開策が存在していた。無論、それは状況を根本から解決するものではなく、対処療法的な一時凌ぎに過ぎない策。
 それでも、現状を放置するよりマシだと思った先生は、それをアラドに何とか提示してやりたかった。
 自分の居場所に迷い、今日も何処かを彷徨っているであろうアラド。そんな彼がまたこの場所を訪れると言う保障は無い。
 …だが、アラドは確実に現れる。そんな根拠の無い自信に縋ったイングラムは終業時間から彼を待ち続けた。
 

――静かな時間が無言を纏い、流れている
 居酒屋にはイングラムが独りきり。酒と肴を傍らに置き、その贅沢な時間を堪能しながら、アラドを待つ。
 普段は忙しなく流れる日常の時間も、この場所ではその歩みを遅くしている様だ。緩慢に流れる時間の中で、苛立ちを募らせる事すらせずに黙々と酒を飲む。
 …一時間、二時間と経過するが、アラドが現れる気配は無かった。
「今日は随分と粘るな。アラド曹長を待っているのか?」
「・・・」
 ダイテツがイングラムにそんな言葉を掛けた。普段は酒を堪能すればさっさと帰ってしまう金払いの良い客でイングラムは通っている。
 そんな彼が此処まで時間を掛けて居座る事は今迄無かった。昨日の一件がそれに根差している事こはダイテツには判っていた。
「…少し、野暮な質問だったか」
「それで…正解ですよ」
 気を悪くさせてしまったと思ったダイテツは咄嗟にフォローを入れた。だが、そんな事に態々気を悪くする程狭苦しい男ではない。少し、乾いた笑みを零してダイテツの問いに答えた。
 此処で待つよりはアラドの所在を調べてそこに直接行けば良いのだろうが、その程度の事はイングラムは既にやっていた。だが、結局アラドの所在は掴めず、彼が顔を出した此処で待つしかなかったのだ。
「随分とあの少年に目をかける。そんなに危ういのか?今のアラドは」
「その様です」
「そうか…」
「まあ…半分は気紛れ。もう半分は情が移った…そんな処です」
 それがイングラムの本心に近い。アラドに何か出来る事をしてやりたい。不器用だが、イングラムなりの優しさが発露していた。
 ダイテツはもっと声を掛けたかったが、それ以上は無粋と判断し、奥へと引っ込んだ。再び独りに戻ったイングラムはぐい飲みを一息で飲み干して目を閉じた。

――更に数時間経過
 もう日付が変わる少し前だった。…今日は現れないのかも知れない。そんな不安がイングラムに湧き立つ。明日にも仕事が控えているのでこれ以上、待つ事は出来ない状況になっていた。
 来るかも判らない輩を勝手に待っている状況なので、その人物が現れない事に対し、何も文句は言えない。ただ、危うい状態にあるアラドをこれ以上放置したくなかったイングラムは焦りを露にした。
「外してしまったか…」
 店の方ももう看板の時間だ。…仕方が無いと溜息を吐いたイングラムは煙草を咥えた。この一服の裡に来なければ本当に帰る。そう決意した。
 すると…
――ガラガラ
「むっ!」
 店の引き戸が開かれる。こんな時間にやってくる来客など、ハガネには珍しい。イングラムはそれが誰なのか、直感的に判った。…待ち人がやっと登場した。
「ちぃ~っす」
 疲労困憊と言った様子でアラドが敷居を跨いで来た。


「来たか、アラド」
「あ…少佐。こんばんわ」
「ああ。…こんな時間まで遊び歩いているのか?感心せんな」
「あはは…まあ、否定はしないっスけどね」
 ちょっとだけ棘があるイングラムの言葉にアラドは苦笑した。…やはりその顔には元気が無かった。
「まあ、掛けたらどうだ?」
「そうしますっス」
 イングラムが自分の隣の席を指し示すと、アラドは素直にそれに従い、腰を落とした。
「まさか…またお前が来るとは、な」
「ええ…何つーか、雰囲気が気に入ったと言うか…また、少佐に会えるかなって思ったんスわ」
「ふっ…嬉しい事を言ってくれるな」
 待った甲斐は確かにあった。アラドの言葉は労いのそれの様にイングラムの心に響き、心を暖かくさせた。
「いらっしゃい。…随分と遅い入店だな」
「あ、どうも」
 新たな客の存在に気付いたダイテツが奥から現れた。その手にはおしぼりと通しがあった。それをアラドの目の前に置いて、ダイテツは言う。
「注文は何にする?」
「え?えーと、蕎麦の特盛とカルピ…「冷の銚子を二本。…菊姫を貰おう」
 アラドの言葉を遮り、イングラムが注文を取り付ける。ダイテツは一瞬眉を顰めたが、直ぐにそれは元に戻った。
「…判った。暫し待て」
 ダイテツがテキパキとご要望の銘柄を用意し始めた。ショーンとは違い、大分融通が利くダイテツはイングラムと同じく不良である事は間違いない。
「少佐?…あの」
 イングラムのとった行動が妙に映ったアラドは怪訝な顔をした。
「まあ、付き合え。話がある」
「っ…」
 先生は蒼い瞳に憂いを湛えていた。アラドはそれを見て何も言えなくなる。昨日、自分が口走った事についての話だと言うのが何となく判った。

「とりあえず、御一献だ」
「あ、どうもすんません」
 アラドの空のぐい飲みに酒を注ぐイングラム。そんな経験をした事が無かったアラドは取り繕う様に言う。…注がれた透明な酒。香り立つ米の甘い香りがとても印象的だった。
「…ふゆうぅぅ」
 イングラムが自分のそれを呷った。味を香りを楽しむ様な様に興味を覚えたアラド。年上の男の行動を真似る様に、その液体を口に含む。
「っ…!うわ、濃っ!で、でも甘っ!」
「ふふ…俺には甘過ぎる酒だが、お前にはピッタリだろう」
 その初々しい様子が可笑しくて、先生の顔が自然と綻んだ。
「…でも、これはこれで美味いかも。スイスイ飲めるっス」
「だろ?まだまだあるぞ」
 一杯と言わず、いっぱい飲め。それが自分の隣に座った時のルールだと先生は言いたかったのかも知れない。

「それで…だ」
「うえ?…っ、何スか」
 酒は判らないと言っていたアラドだったが、その味に魅了されたのか、彼は既に二本目のお銚子に突入していた。
 …そろそろ頃合だ。酒が回り、思考が鈍っているアラドに本題を切り出す先生。こうなった時の先生は強い。

「辛いか?今のお前を取り巻く日常は」

「・・・」
 一瞬にして酔いが醒めた気がした。アラドは渋い顔のまま視線を落とした。
「いや、間違いなく辛いのだろうな。そうでなくては、ここまでお前の表情が翳る事は無いんだろう」
 先生のエロい声は女性のみでなく、男性にも効果がある。匂い立つ男の色気に抗えないアラドは自分の心が裸にされかけている事に気付けない。
「アラド。もう遠回しな言い方はしないぞ。今の生活に嫌気が差しているのなら…」
 先生がアラドを落としにかかった。頭にある事をストレートにぶつけた。


「俺の部屋に来るか?」

「え」
 小さな呟きがアラドの喉を通過した。
「居場所が欲しいならば、俺が用意しよう。自分の部屋に帰りたくないのだろう?」
「それって……?」
「俺の部屋の間取りは空いているのでな。お前一人を匿う位は朝飯前だ。我ながら、妙案だと思うが」
 自分の塒に帰って心休まる暇が無いのならば、そこはもう住処としては劣悪な環境だと言える。それに変わるものを用意してやる事。それが先生の出した打開策だった。
「少佐が、俺に…!?ぁ…う、嬉しい申し出ですけど、それはどうして…」
 その言葉はアラドの脆くなった心を傾かせた。だが、どうしてイングラムが自分にそこまでの事をしてくれるのか解らないアラドは警戒していた。
「お前は助けを求めていた。俺はその声を聞いた。だから、そうする。それでは不満か?」
「そうじゃないですけど…たったそれだけで、俺を?…俺はそんなに少佐とは親しくないですよ…?」
「未だ何か言葉が欲しいのか?ふむ…」
 未だイングラムに心を開ききれないアラド。先生は少し思案する為に新たな煙草を咥えた。
 アラドは存外に人見知りする所があるのだろうか。若しそうならば、こう言うタイプを諭すには偽り無い心根が必要だと言う事を先生は経験上知っている。

「それは…お前が好きだから、と言う理由では駄目か?」

「いいっ!!?お、俺は男っスよ!」
 ガタッ!言葉の意味を誤解したアラドは跳ねる様に椅子から立ち上がり、退いた。
「自惚れるなたわけ。変な意味じゃない」
「え?ぁ、あー、良かった。…か、考えてみれば当然っスよね」
 尻の穴を穿られる己を幻視したのだろうか?アラドは少し青い顔をしていたが、先生が一喝するとやっと落ち着きを取り戻した。
 先生はそのアラドの様子を見て、一気に畳み掛けた。
「俺自身、良く考えたのさ。お前の様な若い身空にある者が女程度の障害で堕落するのは何か間違っている。普通ならば毅然とした態度でそれに対処するのだろうが、お前はまだまだ未熟だ。…厭だとは思っても、跳ね除けられないだろう?」
「…はい」
「そうして深みに嵌ってしまえば、もう抜け出る事は叶わない。お前はその一歩手前にある事に…気付いているな?」
「っ」
 実に耳が痛いアラドだった。本当に厭ならば拒絶の台詞なり何なりを吐けば良いのに、傷つけたくないと言う想いが内にあるからこそ思い切った態度が取れない。
 その優しさがアラドの魅力の一つなのだろうが、その一点でアラドの心は血を流していた。そして、周りはそれに気付けていないのだ。
「愛だの何だの、そんな曖昧な言葉と共に、そいつ等がお前に求めているものは何だ?…結局の所、お前の体、だろ」
「…そうっすね。最近はそればかりの様な気が、します」
「それが解っているなら話は早い。俺から言わせれば、それは愛ではなく、稚拙な独占欲の発露だ。自分を見て欲しいから、捨てられたくないから…お前の心を無視して縛ろうとする。お前はそれが許容出来ない」
「・・・」
 女の独占欲ほど恐ろしい物は無い。過ぎたそれは容易く日常を崩壊させ、周囲に無駄な血を流される要因となる。先生は嘗て、その気質を持った白い山猫に翻弄される騎士を見ているのだ。
「そんな売女共にこれ以上お前から何かを搾取させる訳にはいかんし、お前の可能性を潰す真似もさせたくない。…お前より年上ばかりだろう?それに位の分別は持って欲しいものだが、な」

 イングラムは翼が折れそうな百舌に、そのボロボロの翼を休める止まり木を用意してやる。決断の時がアラドに訪れた。
「何れは越えなくてはならない壁だ。だが、それに挑むにはお前は若過ぎる。それまでの居場所は俺が作ってやろう」
「それって…逃げてるだけなんじゃ、ないっスか?」
「はっ。…現にお前は逃げ回っているだろう。そうして、内に毒を溜めて、空回りしている。虚勢なぞ、今更張っても無駄だぞ」
「お、俺は…」
 差し出されたイングラムの掌。アラドは今直ぐにでもそれに手を伸ばし、縋りたかった。だが、アラドに残る最後の見栄がそれをさせない。
 無論、イングラムはそれに気付いている。イングラムは完全にアラドの心を見透かしていた。
「焦る必要は無い。乗り越える事も壊す事も出来ない壁ならば、そう出来る様にお前自身が成長すれば良いだけだ。…後ろを向いても良い。遠回りしたって、立ち止まったって良いんだ。だが、状況に流されるのだけは止めろ」
「っ!!」
 耳を塞いでいても聞こえてくる重たい言葉だった。嘘が拭い去られ、自分の弱い心が露呈していく様だった。だが、アラドは不思議とそれを恥とは思わない。…寧ろ曝け出したくなった。
「まあ…どれだけ俺が熱弁を振るった所で、自分を変えるの自分自身でしかありえない。しつこく勧誘するのは、大人のする事ではないな」
「あっ」
 最後の仕上げに掛かる先生。此処から先はアラド自身が決める事…と、その差し出した手を引っ込めた。それに疎外感を味わったアラドは見事に先生の施した術中に嵌った。
「後はお前が決めろ。自分の意志で、自分だけの都合で。現状に流されたいと言うなら止めはせん。だが、俺の手を取ると言うのなら…」
 嘗てアヤの心を落とした時の様な綺麗な笑顔を向けながら、イングラムは言った。

「お前は俺が守ってやる」

「///」
 口説き落とされた気分だった。嫌悪感よりも安堵感が先立つアラド。その答えはもう決まっている。そうなる様にイングラムは駆け引きを行ってきたのだ。
「ごきゅ…ごきゅ…っ、ぶはぁ!」
 不覚にも赤面した顔を落ち着かせる為に、銚子の中に残った酒を呷る。そうして、酒臭い息を吐いたアラドはイングラムの手を取った。
――ガシッ!
「お願いします!!!」
「ふっ…」
 本日の相談室はこれで閉幕。アラドがイングラムの軍門に下る事によって一件落着した。
「もう…もう、辛いっスわ…!俺…!!」
「良く分かっている。苦労したんだな…」
 頼りある上司の擁護を得たアラドは溜めていたものを一気にぶち撒けた。
 あやす様に背中を撫でてやるイングラムは今迄に無い様な充足感に包まれていた。

―――一週間後 BAR ヒリュウ
 そこから先の展開は速かった。自室を半分放棄し、イングラムの部屋に転がり込んだアラドは最初は戸惑っていたが、ほんの数日で元の通りの笑顔を浮かべる様になるまで回復した。
 元々、クォヴレーと馬が合うアラドが彼のオリジナルと相性が良いのは自明の理。半ば先生の舎弟と化したアラドは先生と共にヒリュウへと足を運んでいた。
――ザワザワザワ
 だが、イングラムの取った英断に何の弊害が持ち上がらない訳は無かった。周囲の客達が好奇の目を青ワカメとぷに少年へと向けていた。
 カウンターの隅の定位置で洋酒を飲むイングラム。だが、アラドは落ち着かない様にそわそわしていた。
「何か…視線が痛いっスね」
「捨て置け。余人には解らん苦労がお前にはあったんだ。それに、疚しい事等は何も無いだろう」
 …イングラムがアラドを手篭めにした。…その様な噂が今の極東基地全体を揺るがしていた。
 考えてみれば納得だ。事情を知らない人間から見れば、女に事欠かないイングラムが可愛いと評判のアラドを自室に逗留させているのだから、この様な噂も生まれるだろう。
 普通ならばお咎めの一つも飛んできそうだが、上層部に顔が利くイングラムは適当な理由をでっちあげ、そう言った批難を完全に抑え込んでいた。
 しかし、人間全ての口を塞ぐ事は出来ず、今の様な状態に甘んじる事になってしまったのだった。そして、イングラムにはそんな視線や囁き声は効かないのだ。
「うう…さ、寒気がするっス。…風邪でもひいたかなぁ」
 そして、アラドが落ち着かないのにはもう一つ訳があった。…離れた位置。BARの中央付近にあるテーブル席から明らかに温度が違う視線が刺さってくるのだ。
「男児たるもの、臆するな。どっしり構えろ。何れは乗り越える壁…または、お前が食い荒らす女達だ」
「く、食い荒らす?」
「そうだ。お前が望むなら、女の落とし方、嬲り方、躾け方に仕込み方。…全て伝授してやろう」
「!」
 どさくさに紛れてとんでもない事を言う先生。安息の地を得たアラドは青ワカメによって着実に悪い知識を教え込まれていく。
「か、格好良い…!!」
 が、アラドはそんな事はどうでも良かった。
 男が惚れる男。背中で語るイングラムの姿に憧れの様な感情を持つアラドだった。

「少佐にぃ…!少佐にアラド盗られちゃったよう…!!ぁ、あたしの男がぁぁああ…!!!」
「あの僅かな間隙を突くなんて…やってくれたわ、あの青ワカメ…!!」
「聞いてないわよ…!少佐が出張ってくるなんて…!」
 鳶に油揚げを攫われた気分を味わう女三人。アイビスは爪を齧りながら、自棄酒に没頭。オウカは血涙を流しながら、怨嗟の視線をワカメに送り、ゼオラは現れた護者の強大さに顔を青くしていた。
「…慟哭が聞こえるんスけど」
「アイビスには少し気の毒だが…少し距離を取って、頭を冷やして貰う事にしよう」
「…ですね。俺も女は暫く遠慮したいっス」
「言うじゃないかアラド」
 オウカとゼオラに掛ける言葉は先生には無い。良い薬になるだろうと、都合の良い言葉を心の中で吐く。またアイビスには少しだけ悪い事をしたと思い、やっぱり心の中で頭を下げる先生だった。
 頼もしい台詞吐いて、テキーラサンライズを飲むアラドにイングラムは顔を綻ばせた。

 そして、問題が持ち上がっているのは小娘連中だけではなかった。
―――同刻 居酒屋ハガネ
「少佐って、そっちの趣味ってあったんですか?…何か、凄いサプライズなんですけど」
「わ、私が知る訳無いでしょう?……まさか、女より男が良いなんて事は、無いと思う、けど」
「どっちでも良いですよ!…忌々しき事態です。アラドが少佐の近くに居るんじゃあ、今迄みたいに気軽には…」
 先生の周りに居る男日照りのアダルツが緊急集会を開いていた。


「くっ…!ククククク…っ!」
 これこそが、イングラムがアラドを引っ張り込んだ裏の事情だった。アラドを放って置けなかったのも、買っているのも事実だが、慈善事業だけで動くほどイングラムは善人ではない。
 アラドを擁護し、居場所を与える事で、アラドの貞操は守られる。…同時にアラドはイングラムにとっての強力な虫除けとしても機能する。
 まさにお互いを助ける一石二鳥の策だったのだ。
「っ!?……?」
 イングラムが浮かべる酷薄な笑みに寒いモノを感じたアラドが身を震わせるが、アラドがその真意に気付く事は無かった。
 …先生には何れ天罰が下る運命なのかも知れない。





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599 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/04/04(水) 04:10:52 Jd5lEIHt
潤いのある生活を貴方に。
モイスチャールームのドアはいつでも開いています。

先生、助手ゲット。



600 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/04/04(水) 04:15:08 uomF5+pd
GJ!GJ!GJ!GJ!GJ!
先生相変わらずかっけぇよ…



601 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/04/04(水) 04:17:19 2O3B94vH
カッコいいやら可笑しいやら…
とにかくGJ!

投稿者 ko-he : 2007年04月26日 07:38 : スレ内ネタ:SS

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コメント

な、何だ?何なんだ!?
アラドは何を搾取されていたんだ!!?
具体的な情報の開示を要求する!

投稿者 Anonymous : 2007年04月26日 20:23

米1
ダイテツ:『お客さん、そりゃあ粋じゃあありませんなぁ』

投稿者 な : 2007年05月13日 20:04

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