2007年05月13日
 ■  イングラム先生のお悩み相談室 (その7)

すぱろぐ大戦BBS・SS投下スレ
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29 :名無しのも私だ:2007/05/10(木) 22:31:09 ID:FePUrKcA
続々々々々・イングラム先生のお悩み相談室。
アクセル隊長の悩み、及びエキドナ更生。




◇  ◇  ◇

——居酒屋ハガネ
「しかし、客の入りが悪い店ですな。こうも閑古鳥が鳴いては、赤字経営なのでは?」
「はは、なに。儂とて、本業を疎かにするつもりはない。半ば道楽商売だ」
 今日も居酒屋に入り浸る先生は大将であるダイテツ=ミナセと雑談をしていた。ここ最近は相談室を訪れる人間は居らずに開店休業状態が続いている。
「何とも勿体無い話ですね」
「構わないさ。儲けなどは考えておらんよ」
 これだけ上質な酒と料理を振舞う店が繁盛しないと言うのは信じられない。しかし、ダイテツが趣味でこの店を経営していると言うのならそれも考えられる話だ。
 艦長職の片手間の商売ならば、逆に繁盛してもらっては困るのかも知れない。そしてその構図は先生にもそのまま当て嵌まるのだ。
「まあ、ほどほど忙しいのが望ましいが、余り暇が過ぎるのも考え物だがな」
 大将はコップに注がれた日本酒を飲みながら笑う。イングラムはその大将の仕草に相槌を打ちつつ、肴に箸を伸ばした。
——ガラガラッ
 ……そんな折に居酒屋の引き戸が開かれる。新たな客が入店して来た。
「噂をすれば影だな」
 大将はそんな事を漏らしながら、接客に動き始めた。

「……む?」
 スッ、とイングラムの横の席に客が座ろうとする。店内には他にも大量の空席があるのに、敢えてそうするこの客に先生は思う所があった。

「隣の席、座っても良いだろうか?」

 そうしてその客は少し遅れてイングラムに了承を取り付けてきた。
 少ししゃがれた癖のある声。覗き込むその顔は美形と言って差し支えない部類に入る。若干垂れた眼と、そこに輝く瞳は髪色と同じくすんだ赤色だ。
「ああ。構わない」
 これはどうも間違い無いらしい。久方振りに迷える子羊が先生の下を訪れた。その客の名はアクセル=アルマーと言った。

「いらっしゃい。随分と顔を見せなかったじゃないか」
「最近は忙しかったから、来る機会を得られなかったんだ、これがな」
「で、今日は何にする?」
「そう……島酒。青龍をロックで」
「うむ。つまみは?」
「イカの沖漬け」

「ほう」
 会話を聞く限り、アクセルは何度かこの店に顔を出した事があるらしい。……実にキャッスルヴァニアだ。
 今迄面を合わせた事は無かったが、幸運にも今回その機会に恵まれた。

「……さて」
「?」
「お初にお目に掛かる。イングラム少佐、俺はアクセル……」
「自己紹介は結構だ。要件だけを聞こう」
 酒の入ったグラスを傾けつつ、イングラムはアクセルの事を盗み見た。……この男の事は報告書を読んで知っている。
 シャドーミラー所属の特殊処理班隊長。Wシリーズを統べる者にして、戦士としての己に誇り持っている男。
……しかし、次元転移実験の失敗により一時期記憶を失い、壊れてしまった時期が数ヶ月あったらしいが。
「流石は少佐、話が早い。当たりを付けて、ハガネに来た甲斐があった」
「御託は良い。お前の持つ悩みとやら……聞かせてみろ」
 先生にとっては久方振りの客だ。辣腕を振るいたくて居ても立ってもいられないかった。指揮系統が違うのか、アクセルは敬語を使う素振りは見せなかった。無論、先生はそんな事は気にはしない。
「っ、ゴホン!それじゃあ、本題に入らせて貰うんだな」
 イングラムの放つ無言のオーラに気圧されたのだろうか?アクセルは咳払いをしつつ、己が抱える悩みを打ち明けた。

「俺の悩みは一つだけ。部下との温度差を埋めたい」


「む」
 中々に難しいお題をふっかけられた。どうやら、アクセルは自分と部下の間に溝を感じている様だ。
「こんな事は自分で処理しなくてはならない問題なのだろうけど、情けない事に俺はそれにどう対処して良いか分からない。だから、少佐に助言を貰いに来たんだな」
「成る程。お前と部下の間には軋轢があるのだな。……お前の部下と言うのは、Wシリーズと考えて良いのか?」
 軍隊だろうが私企業だろうが、人の上に立ち、指導する者は労務管理の責を負う。アクセルが持ちかけるのは中間管理職が通らねばならない気苦労の縮図だった。
 そう考えると、アクセルが普段どれだけの精神的疲労を負っているのかは想像に難くない。……イロモノ揃いのWシリーズの現場監督、及び指揮はさぞ大変なのだろう。
「ええ。……別に、そいつ等全員と仲が悪い訳じゃない。俺の手に余るのはたった一人だけなんだな」
「一人だけ?」
 イングラムは酒を呷りながら考えた。自分が知っている限り、思いつくWナンバーズは三人だけ。
 ウォーダン、エキドナ、ラミアの三人。そのどれもが一筋縄ではいかない人外だ。
「そう。……エキドナ=イーサッキ。彼女の事を相談したい」
「エキドナ、か」
 Wナンバー16。レモン=ブロウニングが開発したWナンバーの中で取り分け完成度の高い一品。
 人形としての自分に誇りを持ち、与えられた命令をこなす事こそが至上だと考えるヒトガタの見本品だ。
 アクセルは彼女の事が重荷になっているらしい。
「それで……お前はあの人形に何か不満があるのか?」
「ああ。ある」
 わざと人形と言う部分を強調して言うと、アクセルは若干だが眉間に皺を寄せた。
「それは何だ」
「備品としてエキドナを扱うのなら、彼女以上に扱いやすい道具はない。俺も、最初はそのつもりで扱っていた」
「今は違うと?」
「……確かに、彼女はどんな命令にも従うし、逆らう事も無い。昔はそれで良かったが、今は違う。俺の部下の中でエキドナだけが浮いているんだ」
 話を聞きながら、イングラムは愛用のオイルライターを取り出し、煙草を咥えた。話を聞く時に煙草を吸うのは先生のセオリーだ。こうして、煙草をふかす間は相手も声が良く聞こえるのだ。
「ふむ。それでお前は何が不満なんだ?」
「それは……」
 煙草の煙を吹きかけると、アクセルは少しだけ煙たそうな顔をした。こうして少しずつ相手の心を裸にしていくのは先生にとっては堪らない瞬間だ。
 そうしてイングラムの目論み通りにアクセルは動いた。
「彼女だけが変わらない。それが今の俺には許容出来ないし、エキドナにとっても良い事であるとは思えないんだな、これが」
「ハッ……成る程」
 その言葉でイングラムはアクセルの胸中が判った。それは裏を返せば、アクセル自身がエキドナを人形として扱う事を嫌っていると言う事に他ならない。
「お前も丸くなったものだな」
「かもしれない。でも、今はそれで良いと思っている」
 どうやら、頭を打った事でアクセルは人としての重要な部分を取り戻したらしい。そうでなくてはそんな台詞は出て来ないだろう。
 自分自身が変化し、同じ人形として創造されたラミアでさえ自我らしきものに目覚めている。ウォーダンについては知らないが、きっと同じ状況に居るのだろう。
 そんな周りの変化に反する様に変わらずに居るエキドナが今のアクセルには許せないのだ。例えそれが勝手な言い草だとしてもだ。

「……良く判った。確かに、お前が焦るのも尤もだし、荷が重いのも事実だろうな」
「少佐?」
「直接、俺がエキドナに話をしよう。アポを取り付けられるか?」
「ええ!?い、いや……流石にそこまでは宛てには」
 これ以上の状況の変化を望むのなら、イングラムはエキドナに直接合わねばならない。
 先生が言った言葉に面食らったアクセルはブンブンと首を振るが、先生はそれは突っ撥ねた。
「ふふ……俺を頼った時点で既にアウトだ。まあ、悪い様にはしないから、俺に任せてくれ」
「そこまで言うのなら……むう、本当に信じて構わないんだな?」
「無論だ。こちらには切り札もあるのでな。……注文が来ないようだな。俺の酒でよければ飲むか?」
 先生は自身満々に頷き、自分の酒をアクセルに勧め始める。……先生は機嫌がとても良い様だ。久々にやってきた鴨を逃したくない心が先生を突き動かす。
「はあ……それじゃあ、お言葉に甘えて」
「煙草も吸うか?」
「あー、自前のがあるから、結構」
「……そうか」
 イングラムは本気で残念そうな顔をした。案外、先生は友達が欲しいのかも知れない。
 ……その後、二人は看板になる時間まで酒を飲み続けた。


——数日後 イングラム私室
「む、来たか」
 チャイムの電子音が来客を告げていた。イングラムは書類整理を切り上げて、マイクに向かって返事をする。
「開いている。入ってくれ」
 そうして、来訪者は無駄の無い動作で室内に入ってきた。
「失礼する」
 来客の名はエキドナ=イーサッキ。先日、アクセルの口から語られた、彼にとっての目の上のたんこぶだった。
「ああ。態々来て貰って済まんな」
「・・・」
 別段、エキドナはイングラムの下を訪れる用事等は無い。それでも、彼の部屋を訪れたのは隊長であるアクセルの口添えがあってこそだろう。
 むっつりと黙りこくり、顔色一つ変えないエキドナは出来の良い人形の様にイングラムのデスクの前に突っ立って居た。
「成る程。話には聞いていたが、あの男が気にかけるのも頷けるな」
 先生は品定めでもするかの様にエキドナを見やった。
 薄桃色の短髪に何も映しては居ない様な翠色をした瞳。女性の性を強調する様な大きな胸や腿のラインは官能的。
 太腿に凶器がある際どい装いから覗く肌は真っ白で、血が通っているのかが疑わしく思えてくる。
 確かに、芸術品としてみれば一流かもしれない。だが、その外界の変化を認識していない様な硬い美貌はじっと眺めていると魂を凍えさせる様な冷たさがあった。
 少しだけ、アクセルの気持ちが心の底で判った気がした先生だった。
「……?」
「失礼した」
 あまりにもジロジロ見過ぎてしまったのか、エキドナは表情を変えずに、それでも怪訝な視線をイングラムに送った。それに対しイングラムは素直に謝った。
「さて、単刀直入に本題だ。お前が此処に呼ばれた理由……検討は付くか?」
「私には解らない。ただ、隊長の指示で貴方に会えとだけ言われてきた」
 鉄面皮を超えた能面じみた表情だった。それには先生とて苦笑を隠せない。
「アイツらしい簡潔な物言いだな。……エキドナ=イーサッキ」
「何か?」

「お前には生活態度を改めて貰おう」

 だが、ここまで来てしまった以上は後には引けない。成功しようが失敗しようが、何らかの結果を残さねばイングラムは自分自身で納得出来ない。
「仰る意味が良く理解出来ない」
 そうして、一切の迷い無く言った台詞はエキドナには理解出来なかった。
「……解り易い様に言い直そう。お前のその人形の様な振る舞いを治して欲しい」
「拒否する」
 イングラムは子供でも解る様に言葉を選び、再び言ったが、今度は真っ向から拒絶された。どうやら、中々の強敵らしい。
「何故だ?」
「必要性を感じない。私は人形として創造された。それを否定する事は間違っている」
「ほう」
 漸く、エンジンに火が入った気がする先生。この手の超然とした輩を論破し、凹ませるのは先生の得意と致す処なのだ。
「つまり、お前はその生き方が気に入っている訳か」
「気に入るも気に入らないも無い。それが私に許された唯一の生き方だ」
「許された?それは誰によってだ」
「無論、レモン様に」
 淡々と事務的に会話するエキドナからはやはり感情の揺らぎと言ったモノは感じられてこない。だが、彼女を揺るがす足掛かりを見つけ気がする先生はほくそ笑む。
 創造主であるレモンの名を口にした時、エキドナの瞳は輝いた気がした。
「ああ……レモン=ブロウニングか」
 面識は無いが、イングラムもその名は知っている。シャドーミラーお抱えの科学者にして、パイロットでもある女傑。アクセルの恋人にしてWシリーズの生みの親。
 エキドナはレモンに兵士として生み出されたのだ。
「で……その女に許された生き方だから、お前はそのレールの上を行くのか。では問うが、お前と言う存在は何なのだ?」
「シャドーミラーの為に生み出された人形。そしてその戦力を担う一兵士に過ぎない」
 文句の付け様の無い位に模範的な回答だった。案外、生まれた時にその様に調整が施されたのかも知れない。
「オリジナリティの無い答えだ。そうやって感情が無い様に振舞った処で、優秀な兵士とやらにはなれるものか?」
「勿論だ。兵士に感情は不要。機械と化し、与えられた命令を処理する事こそが至上」
「ふ、ふふっ……!」
「む」
 イングラムはその台詞が可笑しくて噴出してしまった。
 そのエキドナの様子が、嘗て別の世界であったゼロの名を冠する機体に乗る少年パイロットに似ていたのだ。
 そんな先生が不気味に映ったのか、エキドナは軽く警戒した。


「矛盾だな」
「何?」
「そうだろう?機械と化す……等と言ったが、お前は本当にそんな事が可能だと思っているのか?」
「……ああ」
 頭に浮かぶ言葉のままにエキドナに語るイングラムは真面目な視線を突き刺す。少しだけ間があったが、エキドナはその言葉に頷いた。
「無理だな。お前は逆立ちしたって機械には成れんよ」
「それは、どう言う事だ」
 が、先生はエキドナを否定した。何故こうも自信たっぷりに言えるのかが解らないエキドナは当然の様に聞き返す。
 気のせいかもしれないが、エキドナはムッとしている気がした。
「機械に成るにはお前は余りにも人間に近過ぎると言う事だ。お前の言う通り、戦うだけの機械が作りたいのならば、人間を雛形にする事等あるまい?」
「・・・」
 幾ら機械となる事を望んでも、人の形をしている以上はその時点でそうなる事は不条理であり、また不可能な事だとイングラムは言いたいらしい。
 エキドナは何かを考えている様に口を噤んでいた。
「仮に、お前が機械に成れたとしてら、その時点でもうお前は兵士ではない。銃器や戦車、PTと変わらない備品に過ぎんな」
 兵士である条件は人間である事だ。戦う為に国や軍隊などの組織に編入される人間を兵士と言う以上、エキドナの言は矛盾しているのだ。
「お前は根本の部分で間違えていないか?」
「な、何を……」
「何故、お前が人に似せられているのかと言う事だ」
 漸く、エキドナに揺らぎが見られ始めた。先生は言葉を紡ぎ続ける。
「レモンやヴィンデルが戦力を欲していたと言うのなら、お前やラミアの様なバイオロイドを作る必要等無い。それこそ、戦闘用のAIだけで事足りる筈だろう」
 その程度の技術力はシャドーミラーとて持っている。だが、エキドナは人造人間と言う指摘がなければ何処からどう見ても人間なのだ。

「それは……レモン様やヴィンデル様の趣味だと」

「ああ。その可能性もあるな。と言うか、水を差さんで貰おうか」
 やっと人間らしい反応が返ってきた。エキドナは真面目に反応しただけなのだろうが、先生にはそれが改心のボケに映ってしまった。

「憶測でモノは語りたくないが、きっとあの女は……人間を作ろうとしていたんだろうさ」
「レモン様が?」
 そんなエキドナの言葉を無視し、先生は心に浮かんだ仮説を口にしたそして、それは恐らく真実でもある。
「そう考えなくては辻褄が合わん。お前はコレでもかと言う位に生体部品が使われ、人脳もほぼ完璧に再現されているからな」
「私が……人間を目指して?」
「人間などと言う不合理、且つファジーな存在を態々を創るのは本当に骨が折れる事だろうよ。そんな不確定要素の塊さ、お前は」
「・・・」
 調達も難しく、コストも掛かるであろうパーツを組み合わせ、創られたエキドナ。レモンがどんな意図で人間を創ろうとしたかは本人にしか解らない事だが、彼女の目論見は上手くいったのだろう。
 心と言う一点を除けば、エキドナは人間と言って差し支えない。そして、その唯一の問題も解決しつつあった。
「な?最初から矛盾点はあっただろう。……が、聡明なお前はその事に気付きながら、それを考えない様に努めていた筈だ。違うか?」
 イングラムはエキドナの本質を見抜いた。人形に徹しようとしているのは、彼女がその生き方しか知らないからではない。
 自ら意志する事を放棄し、楽な生き方を選んでいるだけだ。流されていると言っても過言では無い。


「もう一度だけ問おう。お前は人形なのか?」
「わ、私は……」
 詰めの段階迄後一歩。先生は揺らいで、不安定になっているエキドナに尚問い続けた。
「お前もラミアと同じく、人格プログラムはインストールされている筈だ。何故、それを眠らせておく?」
「そんなものは……所詮は対人オプションに過ぎないモノだ」
 イングラムはエキドナの凍えた魂を励起する様に語る。彼女は心が無い訳ではない。意図的にそれを抑えているだけだ。
 だが、エキドナにも意地があるのだろう。今迄そうして生きて来た彼女のプライドが最後の壁となり立ちはだかる。
「それがどうかしたのか?」
「え?」
 予想していた答えにイングラムは前もって考えていた台詞で躊躇無く返した。エキドナの目が点になる。 
「例え作り物だとしても、贋物だとしても……お前にとってはそれが心だ。そうして、そんな心があってこそ、新たに開ける世界があるんだぞ」
 イングラムは既に勝ちを確信していた。
「どうして……そんな事が貴方に言える?」
 エキドナは追い詰められられながらも何とか体裁を取り繕おうと必死だった。最早そんな事をしても何も変わらないと言う事にも気付けていなかった。
「それは、言えるさ」
「どうして……」

「俺もまた、ユーゼスによって創られた人形だったからだ」

 切り札を持ち出した先生は笑う。
 細部は違うが誰かに創られたと言う部分では自分もエキドナも変わりは無い。その自分が変われたのだから、お前が変わらない道理は無い。
 ……そう先生は信じたい。
「そう言う、事……か」
 それを突きつけられたエキドナは漸く先生の言葉を信じる気になった。
「幸運な事に俺は心に目覚め、奴の呪縛はほぼ振り切ったがね」
 細かく見なければ解らないが、エキドナの瞳は確かに笑っていた。
 表情は固いままだったが、それはエキドナが人形で居る事を放棄した証の様に先生には感じられた。

「どうすれば……良いんだ?私は」
「簡単だ。お前のしたい事を行えば良い」
 エキドナは生きる為の標を欲していた。今迄眠らせていた自分の心をいきなり使おうとするのは無理がある。そうでなくても人形として生きて来たエキドナにはその生き方が染み付いているのだ。
「・・・」
「そう言っても、いきなりは難しいか。ふむ……」
 イングラムは至極単純に言ったがそれが難しいエキドナは俯いてしまった。そんな頼りなさげなエキドナを正しく導いてやる為にイングラムは煙草を咥えて思案を始める。
 そうして、咥えていた煙草を吸いきったと同時にイングラムの頭にはある考えが浮かんできた。
「今回の事はアクセルに泣きつかれて引き受けた事だ」
「隊長が私を?」
 それはアクセル=アルマーを引き合いに出す事だった。
「うむ。それだけ……お前の事を心配していると言う事さ」
「あ……っ」
 今、確かにエキドナの瞳が泳いだ。頭の中でアクセルの顔を思い浮かべたに違いない。先生はエキドナに止めを刺した。
「今、アイツの顔を想い描いたな?」
「そ、そんな事は……!」
 言葉では否定していても、その反応は明らかに狼狽している事を示している。後は簡単だった。
「暫く、アクセルの側に居る事だな」
「なっ」
 その先生の台詞の意図が理解出来ないのか、エキドナは面白い顔を晒し、声を詰まらせる。
「先ずは自分の為ではなく、アイツの為にしてやれる事を見つけろ。そうすれば、自ずと自分の欲望もハッキリして来るだろう」
「そ、そんな恐れ多い事は」
「アイツはお前の事を嫌っていない。お前もそうだ。恐れず、喰らい付け。案外、向こうもそうして欲しいと思っているかもな」
 イングラムが甘い毒を吐き、エキドナの心を冒した。
 アクセルはエキドナをもう人形とは見ていないだろうし、エキドナだってアクセルをただの上司以上に慕っている。先生は彼らを一目見ただけで理解したのだ。
「……解り、ました。そうしてみる」
 どれだけ固く自我を否定しようとしても、頭の中に慕っている人物が居るのならば、それが堤を決壊させる亀裂となる。
 そして、エキドナもその例には漏れなかった。
「まあ、気長にやってみれば良い。お前の妹だって出来た事だ。お前も、変われるさ」
「W17……いや、ラミアの様に?……そう、成れるだろうか」
「今、お前はそれを望んでいる筈だ。それだけでも大した進歩だよ」
「……ありがとう、少佐」
 人を変え、叶えるのは自分自身の意志があってこそだ。その一歩を踏み出したエキドナは大きく変われる可能性を秘めている。
 エキドナはイングラムの言葉に感銘を受けたのか、何故か頭を下げて礼を述べていた。
「話は以上だ。ご苦労だったな」
 先生は久方振りの勝利に酔い、相談室の幕は閉じられたのだった。


——数日後 BAR ヒリュウ
「創り手の意思に委ねられた生き方に身を投じるのも間違いでは無いのかも知れない。だが、エキドナにとって不幸だったのは、人形を人たらしめる要素を持っていたと言う事だな」
「そうね。そう言う点では私やラミアもまた同じね。無論、貴方もだけど」
 珍しくイングラムはヴィレッタに声を掛け、酒場の定位置で今回の瑣末について語っていた。
 創られた者の在り方の是非を問う訳ではないが、先生はその事を自分の片割れにも話しておきたかったのだ。
「誰かの都合で創られ、勝手に使われる生き方には華なぞ無い。未だ、エキドナはそれを理解するレベルには至っていないだろうがな」
「それはきっと時間が解決するでしょう。貴方がした事にはきっと価値があるって私は思うわよ」
 そう言って笑いかけるヴィレッタは微笑んでいた。人に似た存在であるエキドナはどう頑張っても人間になる事は無い。
 だが、それでも人の心に目覚めたのなら、その生き方に何らかの意味を見出す事は出来る。きっと、それが真実だ。

「お前はどうなんだ?」
「私?」
 若干、緊張した面持ちでイングラムはヴィレッタを見た。今迄聞きたかったが聞けなかった事をこの場で言おうとしていた。
「そうだ。俺はこの通りだが、お前もまた他人の都合で創られた。良かったと思うか?生まれて」
「・・・」
 突然振られた真面目な話題にヴィレッタは目を細め、少し考えた。そうして、一分ほど考えた後に、自分のグラスに満たされた褐色の液体を啜り、こう言った。
「ええ。勿論、そう思っているわ」
「それは……何故」
 その台詞が出る迄の空白が気になったイングラムは聞き返した。
「確かに、煩わしい事も腹が立つ事も沢山あるわよ?でも、それ以上に楽しい事や可笑しい事だってある。生きてないと、それは味わえないでしょう?」
「む……」
「こうして……貴方と一緒にお酒も飲める。それで十分じゃないかしら」
「はは、そうだな。その通りだ、ヴィレッタ」
 クッ、と笑いイングラムは納得した。 
 如何に使命を与えられて創られた存在と言えど、被造物である以上は確実に創造主の思惑を超える行動を取る事は神話の時代からのお約束だ。
 実際に、イングラムは別の世界でそれをやってのけたのだ。イングラムのクローンとして生み出されたヴィレッタもまた、同じなのかも知れない。
 こうして、酒を飲みながら取り留めない話で盛り上がっている実情を見ればそう考えざるを得なかった。

「で、お前はどう思うんだ?アラド」
「俺っスか?」
 イングラムの僚機であるアラドもまた、さっきから隣に控えていた。今迄会話の輪の中に入れなかったアラドは漸く巡って来た発言の機会に面食らっていた。
「えーっ、と……そうっスねえ」
 カルピスサワーの入ったグラスを揺らしながら、頭を回転させるアラドの顔は真剣だった。
「俺には難しい理論とかは解らないですけど」
「ああ」
 やっと自分の言葉を脳内で紡いだアラドはキリッとした顔付きでそれを言う。
「生きている以上は……それで良いんじゃないですか?」
「それは、どう言う事かしら」
「いえ、そのままの意味っスよ。酸いも甘いも噛分けるのは命あってのものだねでしょう?今を生きている事以上に重要な事はないと思うっス」
「ふふ……なるほど、ね」
 可愛い顔をして随分と核心に近い事を言ってくれると思うヴィレッタだった。
 全ては生きていると言う前提で始まっている。そして、生きると言う事は変わると言う事だ。人の心を持つのならば、その真理には抗えない。
 エキドナや自分達に限った話ではないのだ。
「貴方も変わったのね。少し、貫禄が出てきたんじゃないの?」
「いやあ、全然っスわ。でも大尉がそう思ってくれるなら、師匠の教育の賜物って事で」
 素直に賞賛したヴィレッタにアラドは照れ隠しする様にグラスを呷った。案外、褒められて恥ずかしい年頃なのかも知れない。
「……ですってよ。お兄ちゃん」
「そう思うだろう?実際、まだまだ仕込み足りないがな」
「いいっ!?か、勘弁して下さいっスよ……!」
 イングラムの口元はくの字に曲がっている。アラドは様々な技術や知識を青ワカメに植付けられていた。
 それがどんな代物かは本人達以外には解らないが、アラドの顔を見る限りは真っ当では無いモノで間違い無い。
 ヴィレッタはそんな歪な師弟関係を否定する気は無かった。

 そして……


——一ヶ月後 アフリカ アースクレイドル
「あの……た、アクセル隊長」
「ん?ああ、エキドナ。どうかしたか?」
「コーヒーを淹れたのですが……宜しければ、隊長に」
「俺に?……ああ。有り難く貰おう」
「は、はい!暫しお待ちを」

「上手くやれている様だな。しかしあの女、あんな顔も出来るのか」
 余りまくっている有給を消費し、この世界でのシャドーミラーの活動拠点にやってきた先生。その目的は一月前に世話を焼いたアクセルの仕事現場を見学する事だった。
 そうして、物陰から覗いた光景はそこそこに満足のいく成果を示していた。アクセルには刺々しい部分は見えない。エキドナも多少ぎこちない部分が残っているが、上手く歩み寄れている。
「イングラム=プリスケン。貴方に会ってから、あの娘は変わったわ。一体、どんな魔法を使ったのかしら?」
「ここ最近、隊長がエキドナに付きっ切りで寂しいですたい。何をしたのか白状して欲しいですのぉ」
 先生と同じくその光景を盗み見ていたレモンとラミアが少し怖い表情をしながら、問い詰めて来る。
「俺が何をしたと言うのだ?……出来る訳が無いだろう」
「「・・・」」
 取り合うのも馬鹿らしいのでイングラムはすっ呆け様とした。だが、そんな事で女二人の追撃をかわす事は出来なかった。
「そんな顔で睨まないでくれ。ただ、何時もの様に得意のイカサマトークを炸裂させただけだ」
 どんより濁った鈍色の視線に冷や汗をかきつつ、先生はそれだけ言って再び視線をアクセル達へと向けた。

「少し薄めだけど、良い香りなんだな、これが」
「あ、有り難う御座います」
「礼を言うのはこっちだ。俺の為にありがとうな」
「あっ……隊長//////」

「ほう。あそこで頭を撫でるとはやるな」
 ……あんな光景を見れるとは、アフリカくんだりを決行したのも無駄ではなかったのかも知れないと先生は思った。
 爽やかな笑みと共にアクセルがエキドナのおかっぱ頭を撫でている。その優しげな手付きにエキドナは顔を紅潮させて身を捩っていた。
 とてつもなく嬉しそうなエキドナの変貌振りには驚かされる。少なくとも、過去のエキドナには絶対出来ない反応だった。
「アクセルは女の扱いは得手、なのか?」
「さあ?どうだったかしら」
 その旨をレモンに聞いてみると、彼女は面白く無さそうに呟いた。
「どうした、レモン=ブロウニング。眉間に皺が寄ってるぞ」
「複雑なのよ。あの娘が自分の意志を持ってくれたのは嬉しいけど……ね」
 成る程、とイングラムは納得した。成り行きの関係だと言っても、アクセルとレモンが付き合っているのは事実だ。
 それなのに自分の娘と言っても過言ではないエキドナと懇ろに成りつつあるアクセルに色々と想う所があるのは間違い無い。
 ひょっとしたら、裏でアクセルはエキドナを仕込んでいるのかも知れない。
「くやしい……!でも……エキドナに嫉妬しちゃう!」(ビクッビクッ)
「ラミア=ラヴレス。お前は再調整を受けろ」
 ……どれだけ、根拠の無い仮定を頭に浮かべても、真実を知るには今の距離では無理だった。
 取り合えず確かなのは、ラミアがおかしいのは言語機能だけでは無いと言う事だ。

「お前達……仕事をしろ」
 シャドーミラーの責任者であるヴィンデルは不機嫌そうに言葉を放ったが、レモンもラミアも全く聞いてはいなかった。
「ま、良いんじゃないのか?」
 何とも平和な会話で涙が出て来る。これが闘争の永続を願う軍隊の中身だと言うのだから、大層悪い冗談の様な気がしてくる先生はヴィンデルの肩にポンッ、と手を置いた。
「良くないわっ!この青ワカメ!」
 誰からも相手にされない緑ワカメを慰める青ワカメ。……どうやら、ワカメ同士の友情を育むのは難しいらしかった。



◇  ◇  ◇




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スーパーロボット大戦OGで萌えるスレ その153
http://game11.2ch.net/test/read.cgi/pokechara/1178375856/l50



103 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/05/12(土) 15:42:57 81+oX0fc
どうでも良いけど、これはこうへーは検めたのか?
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/31790/1174560483/29-37
こんなこっそり投下されたら気付けないよ

まったくもってけしからん(;´Д`)ハアハア



104 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/05/12(土) 16:03:09 QuBrOpOS
なんだこれは!全くもってけしからん!(´Д`;)ハアハア



105 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2007/05/12(土) 16:25:56 d5db+lAY
>>103
実にけしからん!

腹が立ったからこうへーの床にちびえきどなを10体発注してやった。



106 :名無しさん◎お腹いっぱい。 :2007/05/12(土) 16:31:35 bL+FD356
    _  ∩
  ( ゚∀゚)彡 こうへー!こうへー!
  (  ⊂彡
   |   | 
   し ⌒J


読んだ後の気持ち


あれ?人の気持ちを見透かした方がいる?

投稿者 ko-he : 2007年05月13日 21:56 : スレ内ネタ:SS

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コメント

おや?こうへー殿今回はおとなしめ…。

投稿者 雷精 : 2007年05月13日 22:41

BBSの方で悶えちゃったから……何度も萌えるなんて悔しい……

投稿者 こうへー : 2007年05月13日 23:21

あんたNo.13狙ってるんだね?
俺は応援するぜ!

投稿者 Anonymous : 2007年05月14日 00:03

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