2006年06月30日
 ■  毛布の人最新作

OG萌えを細々とやるスレ
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/gamerobo/1146796249/l50

解説:毛布の人、SSを多方面で発表している職人で非常にレベルが高くFANも多い


「テツレフィ未満 」


 テツヤ・オノデラは鬱屈していた。
 もともと、何でも一人で抱え込みがちな彼であるから鬱屈するのは珍しくないが、
今回はいささか事情が違う。きわめて個人的な鬱屈だ。
「艦長? なんだか今朝から気分が悪そうですけど、大丈夫ですか」
「うん? いや、別に何でもない。気にするな。リュウセイ少尉達は、もう着艦したか?」
 艦長たる者、何があろうと凛と胸をはって背筋を伸ばし、部下に不安など
感じさせてはならない。個人的な問題で気を遣わせるなどは言語道断で、そんなことは
おくびにも出すまいと気を張るのが彼である。
「ただいまーッス。あれ艦長、何落ち込んでるんですか?」
「コバヤシ大尉以下四名、長距離哨戒任務より帰還しました。あら艦長、悩み事ですか?」
「こちらが報告書です、大きな問題はありませんでした。ところで艦長、顔色が
すぐれませんが」
「テツヤ艦長、目の下にクマができてる。寝不足は身体によくないぞ」
 しかし、そういうことを隠そうとしてもうまくいきっこないのも、また彼である。あっと
いう間に虚勢を見破られたテツヤは、再びずぶずぶと艦長席に沈み込んだ。
「艦長、どうしたんです? 私達でよければ、力になりますよ」
「そうそう、水くさいぜ」
「リュウセイ、そういうことを軽々しく言うな。部下に言いたくないことだってある」
「一昨日まで防衛戦略会議で、レフィーナ艦長と一緒だったんでしょう。また離れ
ばなれになって寂しいんじゃないですか?」
「!!」
 エイタの他愛ないからかいの文句が、テツヤの肺腑をえぐった。鉄の玉を
のんだような顔をして黙り込んでしまった艦長に、俄然アヤとリオが色めき立つ。
「え、まさか本当に?」
「艦長、寂しいならもっと積極的にいかないと」


「いや、さすがにそんなことではないだろう。だが、レフィーナ艦長が関わっている
ことは間違いなさそうだ。深刻なことなのですか、艦長」
 ついにライまでが知りたい側に回ってしまった。リオもエイタも自分のコンソールを
そっちのけにして、興味津々という顔でこちらを見ている。ここのところ哨戒任務と
待機の連続で、皆ヒマなのだ。しばらく待って、誰も場を流す気配がないのを
確かめると、テツヤは苦く長いため息をついて、一昨日の出来事をしぶしぶと
語りはじめた。


 エイタの言うとおり、一昨日まで地球圏防衛戦略会議が開かれており、オブザー
バーの一人として招聘されたテツヤはハガネを離れて重慶へおもむいていた。
同じくオブザーバーのレフィーナと久しぶりに顔を合わせ、会議が終わった後には
二人で食事などもして、彼としてはまずまず上出来の週末であった。つい格好を
つけて苦手な酒にも挑戦してみると、レフィーナもおつきあいしてくれて、ほんのり
桜色に染まった目元や頬の艶っぽさに思わず見惚れたりもしたのである。
 現場の人間同士、酒が入って話すことといえば、上司の愚痴と相場が決まっている。
折しも昼間の会議では、防衛上きわめて重要な計画がいくつも、軍高官達のつまらぬ
プライドや政治的思惑などによって潰されたのを目の当たりにしており、悪口の
題材には事欠かない。盛り上がるにつれ会話は過激になり、ついには個人攻撃にまで
なだれ込んでいくのも酒の席の常である。
「ご存知ですか。あのラモンド少将って、カツラなんだそうですよ」
「本当ですか!? どうりで、髪のかき上げ方が不自然だと思った。しかし、今どきカツラとは」
「外して汗を拭いているのを、前にユンが見たと言ってましたわ。四十になったとたんに
一気にイッてしまったんですって」
「そりゃあ気の毒に。しかし、イッたならイッたで、それを隠そうという性根が気に入りませんな」
「そうですよね」
「確かにハゲはみっともよくないかもしれないが、それを道具で隠そうというのは
なおみっともない。ハゲならハゲで堂々としてればいいんです。自分に不満がある
からといって、外面を糊塗してすませようという根性は、浅ましいというべきだ」
「……そうですね」

「そんな人間は実地に指揮をとらせたって、外面ばかり気にして中身のない采配を
するに決まってるんです。そうは思いませんか」
「…………」
「レフィーナ艦長?」
 その後レフィーナは終始無言のまま、食事が終わるとさっさと席を立って、別れの
挨拶もそこそこに帰っていってしまった。あんなに盛り上がっていたのに、なぜ急に
黙り込んでしまったのか、首を傾げたままテツヤはハガネに戻り、戻ってからもずっと
頭の隅に引っかかり続けていたのだが、

(………………パ ッ ト !!)

 そのことに思い至ったのが、今朝のことだった。
 血の気が引いたが、もう遅い。レフィーナは月に帰り着いた頃だろう。まさかこんな
用事で通信を入れるわけにも行かず、いや入れたとしてもどんな顔をして会えばいいか
わからず、しかし何も言わないのも耐えられず、しこうして彼は一人朝から悶々として
いるのであった。


「それは艦長が悪い」
「軽率でしたね」
「悪い酒ですねえ」
「レフィーナ艦長、傷ついたでしょうねえ」
 一部始終を聞いたハガネクルー達のコメントは容赦なかった。返す言葉も持たない
テツヤはますますめり込んでゆく。
「まあ、レフィーナ艦長の方もひとの頭を揶揄したわけだからな。お互い自業自得ではある」
「あら、そもそも艦長ほんとにパットなんかしてるかわからないわよ? 本人は否定
してたじゃない」
「そりゃ、あんまり大っぴらに認めたいことじゃないだろうしな。ショーン副長の言うことだぜ、
俺は信じる」

「確かめたわけじゃないでしょ。あのレフィーナ艦長が嘘をつくとは思えないなあ」
「確かにそこを確認しないと、話を持っていく方向が掴めんな」
「誰に確認するんだよ」
「ユンさんにでも訊いてみるか?」
「いや無理だろう、絶対」
「レオナ……も怒りそうよね」

(駄目だ……こいつら楽しんでるだけだ――――!)

 至極正しい結論にたどり着いたテツヤが絶望しかけたとき、一人事態をよく把握できず、
ために冷静に傍観していたマイが、リオの席で点滅するコールサインに気づいた。
「リオ、長距離通信が入ってる。ヒリュウ改からだ」
「!!」
 場の空気が凍りつく。リオが慌てて向き直ってキーを叩き、
「……暗号化リアルタイム通信を要請しています。艦長、自室でどうぞ」
「…………!」
 何かを飲み下した表情で、テツヤが立ち上がる。無言でブリッジを後にする若き艦長を、
皆は黙って見送った。


 艦長室の小さなディスプレイに現れたのは、予想どおりレフィーナだった。緊張している
ような、こちらを睨みつけているような、硬い表情をしている。覚悟していたとはいえ
腸がきりきりと絞られるような感覚に襲われ、膝頭を握る手に力がこもる。
「……C2暗号化回線確保しました。こちらはハガネ艦長室です」
「ヒリュウ改艦長室です。オノデラ艦長、先日の会議ではお世話になりました」
「は……いえ」
「それで、内密にお話ししたいことがあるのですが。その……あの後のレストランの件で」
 来た。手袋の中にじっとりと汗がわく。しかし、自分がまいてしまった種なのだ。手のひらを
腿に押さえつけ、
「どうぞ。おっしゃってください、レフィーナ艦長」
「はい……実は、ですね」

 ディスプレイの向こうのレフィーナはこちらを睨んだまま、しばらく唇をもじもじと
動かしていたが、やがて意を決したようにぐっと画面に迫り、
「私……本当は、パット入れてるんです。胸に」
「は?」
 かくん、と肘の力が抜けて、あごが落ちた。レフィーナは頬を赤らめて目を下の方へ
向けている。
「ほら、私背も低いし、顔もこんなで、舐められちゃうんですよ。それで、スタイルだけでも
大人っぽくなれば、少しは何というか、箔がつくかなと思って、佐官に任命された時に
着けてみたんですけど……」
「……はぁ……」
「一昨日のオノデラ艦長のお言葉で、目が覚めました。自分に不満があるからって、外見を
糊塗するようなことはすべきでないですね」
「いや……まあ……その」
 どうやらテツヤが考えていたのとはまったく違った方向に、一昨日の話は受け取られて
いたらしい。安堵と脱力感とがどっと襲いかかってきて、へたり込みそうになる己をどうにか
持ちこたえさせ、テツヤはぎごちなく精一杯の笑顔を作る。
「一昨日は言葉が過ぎたと後悔していたところでした。その……その、ようなものなどあっても
なくても、レフィーナ艦長は十分その地位にふさわしい方であると思います」
「ありがとうございます。意気地がなくて、外すことはなかなかできないんですけれど。
とりあえず、信頼できる人に打ち明けることから始めよう、と」
 画面の向こうのレフィーナはますます赤くなり、艦長帽のひさしの陰から片目だけをのぞかせて、
「ですから…………内緒ですよ?」

「ようヒカワ少尉! 頑張ってるな、今日も頼むぞ!」
 整備中、通りがかりにいきなり頭をくしゃっとやられたリョウトは面食らった顔で艦長の背中を
見送り、意気揚々と歩いていったそれがエレベーターの向こうに消えると、隣にいたリオに
小声で訪ねた。
「……何?」
「まあ、いろいろあったみたいだけど、とりあえず解決したみたいよ」
「だから、何が?」
 きょとんとしているリョウトの髪を手櫛でととのえてあげながら、リオは肩をすくめた。
「そうだリョウト君、私、あなたが将来ハゲちゃっても気にしないからね? 隠したりしないでね?」
「???」
 まだ混乱した顔のリョウトに手を振って、リオは小走りにブリッジへと駆け戻っていった。


End

投稿者 ko-he : 2006年06月30日 03:39 : スレ内ネタ:SS

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コメント

……そんなこと言われてたっけ?

投稿者 名無し : 2006年06月30日 15:52

ショーン副長の誘導尋問のとこだね

投稿者 Anonymous : 2006年07月01日 01:00

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