ベッドの中から見える、ふさふさとした髪を見つめて、彼女は思った。  ――彼のこの姿を知ってるのは、多分自分だけなのだろう。  なにせ、彼の頭と来たら謎に包まれすぎて、人からはハゲてるだの、超古代の秘密兵器 が眠ってるだの、邪気眼が眠ってるだのとささやかれているくらいなのだから。こういっ た機会でなければ外さないし見ることも出来ない。  そう考えると、名状しがたい暖かなものが、胸襟の内側を満たしていく。  あえてその感情を物に例えるのならば、『温泉』というべきだろう。胸の中の穴から、次々 にあふれ出す暖かいもの……こういう感情を自覚すると、自分が彼に恋をしているのだと、 改めて思う。あえて詳しく説明するような野暮はすまい。  結局、彼女は意識が覚醒仕切るまで、ベッドの中から彼の頭を眺めていた。  音で彼女の覚醒に気付いたのだろう、髪の持ち主は慌てて手にしたバンダナを頭に巻く。 あっさりと彼女の感慨をさえぎった空気の読めない男は、彼女の恋人であるタスク・シン グウジだ。 「――あれ。レオナ起きちゃった?」 「ええ……その言い方だと、私が起きない方がよかったみたいだけど」 「いやー、もう少しレオナの寝顔見たかったなーって」 「馬鹿……あっち向いてて」  言いながらレオナは立ち上がってクローゼットに向かった。クローゼットの中身はきっ かり二つに分けられていて、片方はタスクの、片方はレオナの服が入っている……彼女が 部屋に泊まりこんだときのための着替えだ……この頃、部屋の着替えよりもこちらの着替 えの方が使用頻度が高いような気がするが…… (気のせいね。うん、気のせい)  彼女一流の意地っ張りで現実から目を逸らし、袖を通す。ツンデレの標本のような女で あった。  自分の彼女の生着替えに背を向けながら、タスクは子供のようにふてくされた。 「なぁレオナ……」 「何?」 「なんで俺後ろ向いてなきゃ駄目なわけ?」 「……着替えをじろじろ見るなんてデリカシーのない真似、許すわけないでしょ。何度も 言わせないで」 「いや、だってそれ以上のもんとか見てるのに……」 「それとこれとは話が別よ!」 「……着替えは着替えで色っぽいのになぁ……」 「撃たれたいのかしら」 「か、堪忍や〜」  殺気を込めて放たれた言葉に、タスクは涙目で降参した。こっそり振り返ってみようも んなら、往復ビンタ喰らった上に、3日は口を聞いてもらえないのである。しかもどんなに トリックを駆使しようとも、何故か一発でばれるし。  何故そこまでレオナがタスクの行動を見抜けるのかといえば――なんとなくとしか答え ようがない。  彼女にはタスクが自分との約束を破ってしまったか、表情その他で看破出来てしまうの だ。先に言っておくと、他の連中にはそんなのわかりっこない。彼女にしか分からない。  いくらレオナのほうで否定しようとも、なんだかんだでラブラブな二人なのであった。  着替えも終わり、洗面所で身だしなみも整えて、二人はタスクの部屋を出た……誰かに 目撃されないように、無駄に辺りに気を配りながら。  二人が付き合ってるのは知られているんだし、あんまり意味無いとタスクは思うのだが、 レオナはこの習慣をやめようとはしない。なんとまぁ、何処までも素直になれないお嬢様 である。 「――今、何時?」 「ん? そろそろお雑煮の配布が始まる時間。  今日はどの雑煮にするかなーっと♪」  ハンガーに向かって歩きながら、タスクつばを飲み込んだ。  塚さんの作った和風、レーツェル製の洋風……食堂で振舞われる雑煮の数々は、日本人 ならずともよだれが出るというものだ。特にレーツェルの洋風は、和風しか飲んだことの ないタスクにとっては酷く新鮮だった。  元々はカトライアさんが夫の為に作ったものをアレンジしたというから、涙物である。  並んで歩きながら雑談を交わす二人の姿は、どう見ても仲のいいカップルそのものであ る。レオナは否定するかもしれないが…… 「昨日の朝は雑煮食っただけで腹一杯になっちまったから、しぼらねえとなー。  俺は餡子雑煮しか食った事なかったけど、他のも美味かったよなー。  レオナちゃんは、何が美味かった?」 「……洋風ね」 「レーツェルの旦那が作ったから?」 「カトライア様が作ったから、よ。  子供の頃は、ブランシュタイン家で集まった時の定番だったから……」 「思い出の味って訳か……じゃ! 俺も洋風にしよっと!」 「駄目よ」 「って、ええ!?」 「……あなたの故郷ではお雑煮は餡が入ったものなんでしょう? 私に合わせるんなら、 メニューじゃなくて昔を懐かしむ心を合わせるべきじゃないかしら。  昨日も、餡子のお雑煮は食べてなかったでしょ」 「…………」 「……どうしたの?」 「レオナちゃん、俺が食べた雑煮を全部知っててくれたのか……」 「な!?」 「いやー! 俺って愛されてるなー!」 「ば、馬鹿!」  ……どう聞いてもバカップルです本当にありがとうございました。  真っ赤になって怒鳴りつけるレオナと、緩んだ顔で幸せを享受するタスク……実に平和 なバカップルのやり取りであった。  二人がT字路に指しかかった丁度その時――爆弾はやってきた。  アルフィミィに手を引かれ、廊下を歩いてきたソレは、問答無用でタスクとレオナから 思考能力を根こそぎ奪い去っていった。 (は?) (え? あ、あれ? 何?)  呆然とするタスクとレオナに気付いたアルフィミィは、にっこりと笑顔を浮かべて会釈する。 「おはようございますですの♪」 「お、おう……」 「お、おはようございますですのことで……」  回転停止した頭で返答する二人……レオナの方は混乱の余りラミアみたいな口調になっ てしまっていたが、アルフィミィは気付かなかった。  ……その位、彼女は舞い上がっていたのである。  にっこにっこと笑いながら、手に引いていた『それ』をうながす。 「ほら……おはようは?」 「…………」 「よくできましたの♪」  わたわたと動きながら、ぺこりとお辞儀するソレを、アルフィミィはぎゅっと抱きしめ て、ついでに抱き上げた。 「あ、あるふぃみぃ? ソレは一体、なんなのかな? かな?」  ようやく再起動し、問いを搾り出すタスクに、 「弟ですの」  キラークイーン(だから違) 第 二 の 爆 弾 ! 「それじゃあ、ごきげんよう♪」  そして、そのまま……抱き上げたままでとてとてと去っていくアルフィミィ。その背中 を、レオナとタスクは呆然と見送る事しかできなかった。  ――『それ』がアルフィミィの肩越しにぶんぶん手を振ってきたので、とりあえず振り 返すぐらいの余裕はあったが。  手を振ったままの体制で、二人同時に固まる事しばし。 「……れおなチャン」 「……ナニカシラ」 「……調子悪イミタイダカラ、今日ハ休モウ。  変ナ幻覚見エタ……」 「……ソウネ」  ふらふらと部屋に帰っていく二人だった。  ……脳みそ止ったまんまで帰ったもんだから、ウッカリ二人してタスクの部屋で寝てし まい、起きた時に一悶着起こるのは、完全なる余談である。  朝の食事風景……ソレは戦場だった。 「リョウトくん、はい、あーん♪」 「り、リオ……」 「ブリット君、それとってくれないかな」 「ああ。これだよな?」 「ありがとう♪」 「ユウ……お雑煮と紅茶合わなくない?」 「いや、これが意外とな……」 「ひょひゅあ、もひははひひれなひ(ジョシュア。餅が噛み切れない……)」 「俺が箸で押さえてやるから……」 「畜生ッ……!」 「コン畜生ッ……!」  中睦まじく乳繰り合う恋人同士がいれば、それに嫉妬の炎を燃やす独り身もいて。  少しでも刺激したら乱闘が始まりそうである。完璧親父が喜びそうだ。 「のまのまイェイ! のまのまのまイェイッ!」ヽ(゚∀゚)ノ 「た、隊長!? 隊長ー!」 「きーぷだーるしむあずかりでい! なみへーすれおーきーふでいれっ!」ヽ(゚∀゚)ノ 「誰だ! ヴィレッタに酒を飲ませたのは!」 「クロスッ! アウッ! フォォォォォォォッ!」ヽ(゚∀゚)ノ 「って脱ぐなー!」 「ノンアルコールじゃないのかこのパーティ!?」 「ってか、この悪酔いの仕方は尋常じゃないような気がするぞ……」 「……あ、悪い。俺がジュースと間違って……」     ||     ||   , -__ヽ|ノ  <;;;;;;;ノノハヽ   .ヾ ´∀ノ   新年早々初簀巻きか……   ミ‖‖‖j   ミ‖‖‖j   ミ‖‖‖j    ヽ)ヽ)  そして吊るされる哀れな子羊一命。やりすぎのような気がしないでもないが、半ば風物 詩と化してるせいで、だぁれも気に止めやしない。本人ですらあんまり気にしてない始末 なので、当然といえば当然か。ついでに言うと、酒を持ち込んだお調子者の整備員数名も 一緒に吊るされていた。  お正月のハイテンションも手伝って、まぁなんてカオス。 「塚さーん! お雑煮おかわりー!」 「あたしもー!」 「伊達巻のお変わりもたのみますー!」 「へいへい!」  特に、この大食いトリオが居座った日には、オペレーションSRWとか目じゃないくらい の過酷な戦場へと早代わりする。三人だけではない……この戦艦に駐留している人間全て が、この時間は食堂に集中しているのだ。  航行中ならばシフトの関係で人も少なめになるのだが……今は正月という事で、伊豆基 地に停泊した状態である。作業に当たっているのは文字通り必要最低限の人数で、それ以 外の全員が食事の為にに集まる事になる。食堂ではスペースがないので、ハンガーにテー ブルを出している始末だ。  厨房内部のコックは全員がフル稼働。塚さんなどは大食い、甘党三人組に付きっ切りで お雑煮御節を分配している。彼以外の人間がこの役割を担ったら、すぐさま疲労骨折の憂 き目に会うだろう  ……余談だが、この艦隊のコック連中はやたらとマッチョである。特に腕部分は下手な 軍人よりも肉厚だ。大食い三人組が架す過酷な労働は無関係ではあるまい。 「数の子もーらい!」 「あ! ずるいぞオリジナル!」 「その隙に煮しめをいただくのも私だー! なんちゃって!」 「煮豆美味しいー!」 「栗金団おかわりお願いします」 「餡子雑煮もー!」  殺人的な勢いで御節と雑煮を食い尽くす六人だったが、悪い気はしない。  前回も記述したが、彼らの食いっぷりは料理人としてすがすがしいものがあるのだから。 早食いではあるが、何気にきちんと味わっているらしく、後で味の感想を聞くと中々的を 得た言葉が飛び出してきたりする。  伊達巻と雑煮を造り、念のため数の子の追加もお盆に載せて……普通の料理人なら手が 攣りそうな高速作業を行う徳さん……  『弟』――  塚さんの脳裏には、アルフィミィのブチか増した問題発言が、未だにこびりついていた。 (うーん。いまいちわっかんねぇな)  弟。  一体、あの純真無垢な少女を取り巻く環境の、どこをどう押したら弟などとゆー単語が 構成されるのやら。  首をかしげようとも分かるようなものではない。猫や犬を弟と呼称しているのかもしれ ないが、本人がしっかり否定していたし……まさか、本当に捨てアインストでも連れ込ん だのだろうか。  次に合った時にでも聞けばいいのだが、気になるものは仕方がない。 (よくよく考えたら、アインスト共って人間と同じもん食えるのか? アルフィミィは兎 も角として……)  悩みながらも、その手は正確に動き、焼けた餅を皿にうつし、器煮出し汁を少し注いだ 後に餅をうつしてから、さらにだし汁を注ぐ。餅が器に引っ付かないための知恵だ。 「ほれ。お雑煮に伊達巻お待ち。伊達巻これで最後だぞ。  ティッティとクリスの分はもう少し待ってろ」 「来た来た!」 「はーい」  お盆を手渡し、改めておせち料理の山に向き直る。塚さんの一角だけでも30人分はある というのに、もう半分以上が食い尽くされている。 (やれやれ、元気だねぇ)  苦笑しながら雑煮の準備を始める塚さんの後ろで、大食い甘党三人組は騒ぎながら箸を 進めて…… 「あ、アラド! 数の子食べ過ぎ――」 「おいこらオリジナ――」 「つきましたの♪」  アルフィミィが、六人の席の傍にあった扉から現れたのは、そんな時だった。  六人のの喧騒が、ぴたりとやむ。  水を打ったような沈黙とはこのことだろうか? その場で騒いでいた六人の時が止まっ たかのようだった。そして時の止まった六人全員の視線が、アルフィミィが抱えていたも のに集中する。  いきなり喧騒が途切れ、何事かと振り向いた塚さんも、同じものを見て凍りついた。  アルフィミィ、自分が場を凍らせたとはいざ知らず、とてとてと塚さんに歩み寄って。 「……塚さん、さっきはありがとうございましたの」 「お、おう」 「それで、申し上げにくいのですが……」  戸惑う塚さんにひょい、と手にしたものを見せる。 (あ、あー。成る程な。これが『弟』かい) 「先ほどの余り物では足りないみたいで……もう少し分けていただけません?」 「わ、分かった……なんかリクエストはあるか?」  さすが塚さんというべきか。即座に立ち直って小皿を手に取る。事前に『弟』の存在を 聞かされていたというのもあるのだろう。それが何者なのかはとりあえず棚に上げて、注 文を聞く事にする。 「お餅は色々とデンジャーなんで、お雑煮は一寸簡便ですの」 「――あぁ、確かにな」 「伊達巻とかが好きみたいですの」 「あー、悪ぃな。伊達巻は切れてんだこれが」 「え……?」 「……煮豆なんかどうだ? 子供も食えると思うが」 「……お箸で食べるのは、ちょっと分の悪い賭けですの」 「好きそうだがなぁ、分の悪い賭け」  大食い達の静寂に何事かと視線が集中し、見たものすべての時間を止める兵器みたいな 物体を前にして、からからと笑顔を浮かべる塚さんだった。ぽんぽんと『それ』の頭を叩 いて、離れた場所で配膳していた部下に向かって声を張り上げる。 「おおい! そっちに卵あるかぁ!?」 「え、あ……伊達巻なら……」 「卵だよ卵! 子供用に新しく作り直すんだ!」  かっかと笑いながら、とりあえずえびの殻をちゃっちゃと剥いて一口サイズに切り分け、 アルフィミィの皿に載せた。海老なら子供も食えるはずという配慮だ。 「こいつはどうだ?」 「……ばっちぐーですの」 「お前さんのは別に出すが、リクエストはあるか?」 「じゃあ……白味噌を御餅一個でお願いしますの」  注文を終えて、アルフィミィはそれと皿を抱えて席に着いた。膝に抱えた『それ』に剥 き身の海老を食べさせる。実においしそうに海老を食べる『それ』に、アルフィミィの笑 顔が一層輝いた。 「……あ、あの、アルフィミィ?  その子は、一体……」  ようやく再起動を果たしたイングの質問に、アルフィミィはにっこり満面の笑顔で答えた。 「弟ですの」  キラークイーン改め、ミィクイーン 第 三 の 爆 弾 発 動 ! 『……………………………………………………………………………………』  長い。  長い静寂の後に。 『lqあwせdrftgyふじこlpッッッッッッッ!!!!!?!!?!!?!?!!』  塚さんとアルフィミィを覗いた一同の、形容し難い絶叫が、ハンガーを揺るがす事となった。 「……?」  鼓膜を走る神経に触れたものに、ふとエクセレン動きを止めた。  なにやら、ハンガーの方から悲鳴のようなものが聞こえたようかきがして、そちらの方 へ視線を向けるが…… 「エクセレン。まじめに探せ」  相方であるキョウスケに見咎められ、怒られてしまった。  いつもどおりのむっつり顔のダーリンを前に、エクセレンは呆れを隠そうともせずに、 「……そんなに怒んなくってもいいじゃな〜い」 「呆けてる場合か」  ――何ゆえ、二人は朝食の場でもあるハンガーにも行かず、ハガネの艦内をウロウロし ているのか。  その理由は、実に簡単だった。  二人で身だしなみを整え、エクセレンの部屋にアルフィミィ迎えに行ったところ、そこ はもぬけの殻。それからずっと、キョウスケは艦内を駆けずり回っているのだ。  娘を思う父親の一念といったところか。 「キョウスケがミィちゃんに愛情注ぐのは良いけど、過保護なのは一寸いただけないわ。  そのうちパパウザーいとか言われちゃったりして♪」 「……」  自分でも自覚があるのだろう。エクセレンの的を射た突っ込みに、キョウスケは何も言 い返せない。 「……後十分だけ、探させてくれ」 「はいはい」  子供のようなわがままかますキョウスケに、エクセレンはにっこりと笑ってそれを許した。  ……二人が『ソレ』と接触したのはそれからきっかり十分後、約束の時間になったので ハンガーに向かおうとした矢先の事だった。  ソレといっても、アルフィミィが抱いていたミィクイーンの爆弾ではない。ソレはしっ かりとした名前のある、キョウスケ達の知り合いの成れの果てだった。 「あら? カズマ君じゃなーい」 「む?」  カズマ・アーディガン。  キョウスケ達と共同戦線をはることが多く、半ば部隊の一員と化している、トレーラー 一家の長男である。通路の先から、ゆらゆらとおぼつかない足取りでキョウスケ達に向か ってきて……立ち止まる。  ――そこまで接近してようやく、二人はカズマの異常に気がついた。 「ナンデオレニハカノジョガイナイノニチュウイハイルンダナンデアンナノコサエテルンダフコウヘイジャナイカオレニモカノジョガホシイヨナンデオレニハイナインダナンデナンデナンデナンデ……」  足取りがやばいのは勿論の事、目つきは虚ろで血走りまくり焦点が合っていない。全身 からはなにやら得体の知れないパワーがあふれ出して二人の五感を圧倒している……しか も、なにやらぶつぶつ独り言をつぶやいてらっしゃられる。  同見ても危ない人であった。 「完璧親父に脳みそでも改造されたか……?」  かなり失礼なキョウスケの感想だったが、エクセレンは咎めなかったし、第三者がいた としても咎めないだろう。それぐらい、今のカズマは傍目に見てやばかった。  ――そんな率直極まる感想を、若きトレーラーは認識したようだった。  その両目が急激に焦点を結び、恭介の姿を捉え―― 「貴様もかキョウスケ・ナンブ」 「はい?」 「?」  いきなり吐き出された憎しみたっぷりな怨嗟の言葉に、二人は驚くより慄くよりまず呆 気にとられた。そんな二人を置いてけぼりで、カズマの怨念は紡がれ続ける。 「貴様も、貴様もなのか。貴様も我ら独り身連合の敵なのかそうなのか。  リュウセイ・ダテのように、紫雲統夜のように、マサキ・アンドーのように、一人で複 数の鼻を独占する悪鬼羅刹なのかこのクソ博徒」 「……『鼻』を独占した覚えはないが」 「あら、クソ博徒には突っ込まないの?」  ……訂正。お二人ともえらい余裕があった。  昔のミィちゃん相手で、この手の電波会話に慣れていたとでも言うのだろうか。 「クソは兎も角、博徒は間違いじゃあ――」 「人の話を効けやゴルァァァァァァァァァァァァァァァァぁッ!!!!」  その余裕が気に入らず、カズマ・アーディガンは悪鬼羅刹の如き咆哮を上げて、キョウ スケにつかみかかった! 「わお! カズマ君ったら大胆ねぇ! そのまま、カティアちゃんが悦ぶようなことでもするのかしらw」  ……自分の恋人が掴まれたというのに、えっらい余裕なエクセ姉さんだった。視野狭窄 に陥ったカズマには、彼女の余裕がキョウスケの余裕に感じられたらしく、えっらい剣幕 で怒鳴りたてる! 「ソレは余裕か!? 余裕なんか!? 彼女が複数いる男の余裕なんかコラ!! 俺達一 人身の人間を哀れんでんのか貶してんのか見縊ってんのかこの野郎!!!!  邪気眼時代に戻って、エターナルブリザード炸裂させて全ての者は死なせっぞグォルァ ァァァァァぁッ!!!!」 「……カズマ」 「どーせ俺は独り身だよ! エイタとは同士だよ! しかも告白されても全部身内って言 うインモラルな有様だよ! 心の底じゃ普通に恋人がいないだけのエイタがうらやましく て仕方がないよ!  そんな俺の目の前でだなぁっ! あんなもん見せ付けやがってぶち切れるしかねぇだろ ぉがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 「……とりあえず落ち着け」 「これが落ち着いていられるかァァァァァァ!!!! この人間失格のクソ博徒野郎がァ ァァァァァァァァぁッッ!!!!」 「…………」                    _ _     .'  , .. ∧_∧           ∧  _ - ― = ̄  ̄`:, .∴ '     (    )          , -'' ̄    __――=', ・,‘ r⌒>  _/ /         /   -―  ̄ ̄   ̄"'" .   ’ | y'⌒  ⌒i        /   ノ                 |  /  ノ |       /  , イ )                 , ー'  /´ヾ_ノ       /   _, \               / ,  ノ       |  / \  `、            / / /       j  /  ヽ  |           / / ,'     / ノ   {  |          /  /|  |    / /     | (_         !、_/ /   〉   `、_〉      ー‐‐`            |_/     キョウスケ                カズマ 「ぼべらっ!」  電 光 石 火 。  唸る恭介の右ストレートが、見事にカズマの顔面その正中線を捕らえ、一撃の下に昏倒 させる。  キョウスケは倒れたカズマの足首を掴み、引きずるように歩き出す 「……行くぞエクセレン。こいつをトレーラー一家に引き渡す」 「え、ええ……(ミィちゃん行方不明で、微妙に機嫌悪いわねえ)」  まぁ、あんな理不尽で意味不明な罵倒喰らったら、切れて当然だと思うが。エクセレン はため息をつきつつ、キョウスケの後をついていこうとして―― 「ナンデオレニハカノジョガイナイノニチュウイハイルンダナンデアンナノコサエテルンダフコウヘイジャナイカオレニモカノジョガホシイヨナンデオレニハイナインダナンデナンデナンデナンデ……」  第 二 派 到 来 。  次のどう見ても危ない人は、エイタであった。 「……今度は何だ一体。完璧親父が発狂する病原菌でも巻いたのか。」  その両目が急激に焦点を結び、恭介の姿を捉え―― 「貴様もかキョウスケ・ナンブ」  いきなり吐き出された憎しみたっぷりな怨嗟の言葉。カズマと全く同じフレーズが、エ イタの喉から迸る。 「貴様も、貴様もなのか。貴様も我ら独り身連合の敵なのかそうなのか。  リュウセイ・ダテのように、紫雲統夜のように、マサキ・アンドーのように、一人で複 数の華を独占する悪鬼羅刹なのかこのクソ博徒」  怖いことに、一部除いてほぼカズマと同じお言葉である。 「……『華』を独占した覚えはない」 「フザケンナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァぁぁッ!!!!」  キョウスケのそっけない答えに激昂し、エイタもカズマと同じように罵り開始。 「ソレは余裕か!? 余裕なんか!? 彼女が複数いる男の余裕なんかコラ!! 俺達一 人身の人間を哀れんでんのか貶してんのか見縊ってんのかこの野郎!!!!  マリオン博士にメガネ改造してもらってメガネビームの試し撃ちの的にすっぞグォルァ ァァァァァぁッ!!!!」 「……エイタ」 「どーせ俺は独り身だよ! カズマとは同士だよ! しかもクロガネに詰め始めてから女 ッ気ゼロの空しい有様だよ! 心の底じゃ女に囲まれたカズマがうらやましくて仕方がな いよ!  そんな俺の目の前でだなぁっ! あんなもん見せ付けやがってぶち切れるしかねぇだろ ぉがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 「……とりあえず落ち着け」 「これが落ち着いていられるかァァァァァァ!!!! この人間失格のクソ博徒野郎がァ ァァァァァァァァぁッッ!!!!」 「…………」                    _ _     .'  , .. ∧_∧           ∧  _ - ― = ̄  ̄`:, .∴ '     (    )          , -'' ̄    __――=', ・,‘ r⌒>  _/ /         /   -―  ̄ ̄   ̄"'" .   ’ | y'⌒  ⌒i        /   ノ                 |  /  ノ |       /  , イ )                 , ー'  /´ヾ_ノ       /   _, \               / ,  ノ       |  / \  `、            / / /       j  /  ヽ  |           / / ,'     / ノ   {  |          /  /|  |    / /     | (_         !、_/ /   〉   `、_〉      ー‐‐`            |_/     キョウスケ                エイタ 「ばっほっ!?」  再び唸る恭介の右ストレートを見ながら、エクセレンは冷静にカズマとエイタの口上の 差を反復し、一言。 「隣の芝生は青いって奴なのかしらねぇ」  何かがあるとは予想していた。  エイタとカズマ、二人の足を掴んで引きずりながら入ったハンガー……二人はその先に、 カズマ達と同じ症状を発祥してる連中がいると仮定し、覚悟を決めて踏み込んだのだ。  何せ、ハンガーに辿り着くまで、引きずる二人以外の人間と接触できなかったのである。 一体何が起こっているのやら全く予想が出来なかったのである。  完璧親父という普段からとてつもない災厄を振りまく存在が念頭にあったため、最悪ハ ンガー内の全員が襲い掛かってくる可能性も視野に入れていた。  だがしかし。  ハンガー内で二人が目にした光景は、そういった想像の右斜め360度上空を滑空してい くような、ぶっ飛んだ光景だった。  まず、ハンガー内部の人間は誰も暴れていなかった。全員が全員、なにやら囁き合いな がらその視線を一転に集中させている。何人か、二人の存在に気がついた人間の目が、キ ョウスケの方へと集中するが……その視線の内容は、戸惑い、怒り、侮蔑、疑問と様々な 要素が交じり合っていた。  そして、その他の皆さんが見つめる先にあるのは……キョウスケが捜し求めた、愛娘ア ルフィミィ。特に視線の集中砲火を受けている部分は、彼女が抱えているもの。  何せ、キョウスケとエクセレンがいる出入り口の、すぐ傍に座っているのである。その 姿はよーく見えていた。 「はい、あーんですの」 「♪」  それは、一人の少年だった。  それは、前髪を金に染め上げた黒髪の少年だった。  それは、見覚えのある赤いジャケットを着ていた。  それは、年の頃なら五歳前後の少年だった。  それは、目元にアルフィミィと同じ赤い丸がついていた。  ……どう見てもちっちゃいキョウスケです本当にありがとうございました。  二人の動きが凍りつくのも無理はない。服装やら顔つきやら、何から何まで縮小版のキ ョウスケみたいな有様なのだから…… 「…………キョウスケ?」 「身に覚えはないぞ」  思わず声を上げたエクセレンに、キョウスケは実にマイペースに答えた。 「確かに俺は童貞じゃなかったがお前に会うまではいつも『近藤さん』をお供につけていた」  いや、立派にパニック状態に陥っていたようだ。普段の彼からは聞けないようなセクハ ラチックな発言である。  内心大混乱なキョウスケに比べて、エクセレンのほうは至極冷静だった。アルフィミィ の抱えたチビを見て、カズマとエイタが変な病気にやられたわけではないと悟ったのである。 (あの子を見て、キョウスケが誰かに産ませた子供だって早合点しちゃったのねん)  それで、マサキやリュウセイの同類扱いというわけである。もっと早合点すれば、アル フィミィとキョウスケの息子と取れなくもないのだから。 「お豆を箸で摘む、練習をしましょうね♪」 「……!」  自分たちが原因で場が凍っている事に気付かず、待望の弟に舞い上がったアルフィミィ は、母性本能をによによ刺激されていた。