「破壊……創造……静寂! ははははHahははHAHAHAHAHAAAAA!!!!」 鋼鉄の孤狼が哂う、それは狂笑。 ゲシュペンストMkVの失われた右腕が眼前で再生されていく。 配管、鋼線、装甲、配管、発条、装甲、歯車、発条、鋼線配管装甲装甲発条装甲鋼線装甲 発条鋼線配管装甲装甲発条発条配管配管発条鋼線発条装甲鋼線発条装甲鋼線配管装甲鋼線 装甲鋼線装甲発条発条配管配管鋼線配管装甲装甲発条発条配管配管鋼線配管装甲装甲発条 配管配管装甲発条鋼線鋼線発条発条装甲発条発条配管配管発条鋼線発条配管配管発条 それは原型を留めないほどに肥大し、膨張していく。 悪夢にも似た光景、デビルガンダムをも超越する再生と膨張と肥大が繰り返される。 配管、鋼線、装甲、配管、発条、装甲、歯車、発条、鋼線配管装甲装甲発条装甲鋼線装甲 発条鋼線配管装甲装甲発条発条配管配管発条鋼線発条装甲鋼線発条装甲鋼線配管装甲鋼線 装甲鋼線装甲発条発条配管配管鋼線配管装甲装甲発条発条配管配管鋼線配管装甲装甲発条 配管配管装甲発条鋼線鋼線発条発条装甲発条発条配管配管発条鋼線発条配管配管発条 ラー・カイラム、ナデシコを収容できるスペースを持つ地下ドックが埋め尽くされていく。 アポトーシスを忘れた機械の細胞が異常増殖していく。 配管、鋼線、装甲、配管、発条、装甲、歯車、発条、鋼線配管装甲装甲発条装甲鋼線装甲 発条鋼線配管装甲装甲発条発条配管配管発条鋼線発条装甲鋼線発条装甲鋼線配管装甲鋼線 装甲鋼線装甲発条発条配管配管鋼線配管装甲装甲発条発条配管配管鋼線配管装甲装甲発条 配管配管装甲発条鋼線鋼線発条発条装甲発条発条配管配管発条鋼線発条配管配管発条 それはパーソナルトルーパーでもなく、MSでもない。 スーパーロボットでもなければDG細胞に侵された兵器でもない。 ましてやエステバリス、木連のそれすらとも違う。 ――それは異形、無機と有機の交じり合った鋼鉄に覆われたバケモノ 「アクセル……アルマアアアアああああAAあ嗚呼あぁぁAA!!!!!」 地下ドックを震わす咆哮、本能的な恐怖に背筋が粟立つ。 野生の獣並に研ぎ澄まされた感覚が、眼の前のバケモノの異常性に警鐘を鳴らす。 だが、逃げる事は許されない。 遂げるべき目的のため、仲間を逃がすという目的のため、そして――愛するものを守るため。 「来い……ベーオウルフッッ!」 ダイレクト・フィードバック・システムを通してソウルゲインを巨大化した鋼鉄の孤狼と 相対させる。生物的な色を帯びたデュアルアイがアクセル見下ろす。 「は……あAああ……ああ唖あ蛙ああ阿亞ああああAAAHHHHHHHHH!」 咆哮、巨体がドックを揺るがす。 ――蒼と蒼が激突した ****** 「……う……」 目を見開く。黯黒の大海、そこは宇宙、かろうじて映るモニタの向こうに月が見える。 「成功……したか」 だが、その代償は余りにも大きかった。自分の身体を見下ろしアクセルは自嘲する。 「生きてるのが……ぐぅっ! ……ふふ……おかしいな、これは……がはっ……」 ベーオウルフとの戦闘で中破していたソウルゲインは転移の衝撃に耐え切れなかった。 引き千切れた両腕、剥がれ落ち内部機構を剥き出しにした胸部、片目を失った頭部。 完全な大破だった。 そしてそれは、内部にいたアクセルも同様。破壊の衝撃はコクピットへも及び、アクセルの 肉体は致命的なダメージを負っていた。 かろうじて人の体を保ってはいるが、それでも口にするのも躊躇われるほどの悲惨な状況。 転移の衝撃で痛覚が麻痺しているのが救いだった、 「悪いな、レモン……俺はどうやらここまでのようだ……」 淡く光るモニタに照らされ、自分の体内から吐き出された血液が球になって無重力空間に浮かぶ。 「静かだ……」 静寂、今を表す言葉としてはこれほどないまでにふさわしい。 まともな死に方が出来るとは思わなかったが、まさかこのような安らかな死に方ができるとは。 「いかんな……頭が……働かなくなって……きた……」 だが、仲間の事だけが気にかかる。 あの転移は成功したのか、レモンは大丈夫なのか、シャドウミラーはどうなったのか、レモンは 生きているのか、この世界はどうなっているのか、レモンは―― 「最後の最後に女のことか……」 視界がゆっくりと暗転していく。何も考える事が出来ない。 その中に少女の人影が見えるのは幻なのか、それとも自分を迎えに来た死神か。 「レ……モン……」 最後に自分の愛する女の名前が口をついた。 ――黯黒にシルエットが浮かぶ それは少女、宇宙の暗闇より深い黒の中でその少女だけが異質。 暗闇の中で少女が自分を見ている、悲しげな瞳、真紅の瞳。 ――消えかけた……命……消えかけた……私…… 少女は独白する、まるで祈るように、歌うように。 それは懺悔なのか、それとも死にかけの自分が見る罪の意識か。 だとすれば自分は少女趣味があったのだろうか。 そうだとすれば吐き気がする。 死の間際に見る走馬灯にしても性質が悪い、そういうのはあの赤い彗星だけで充分だ。 ――……なんだか、酷く失礼な事を……言われた気がしますの…… 自分の思考と呼応するように少女の言葉が返ってくる。 自分の夢と対話させられるのが走馬灯なのだろうか。いや、死ぬのは初めてだから聞いた話が 意味を成さないのは分かっているが。 「世界を変える……想いの力……貴方からも……感じますの……」 少女が自分に語りかけてきた。蒼い髪、奇抜な衣装、夢にしてはリアルだ。 「夢……いえ、違う。貴方の想いの力を……お借りしてますの……これは、その影響」 再び呼応するように少女の声が返ってくる。 死に掛けに見る夢としては酷く支離滅裂だ。どうせなら地獄の獄卒と殴り合うぐらいの エンターテイメントを要求したいのだが。 「聞いて……ますの……?」 聞く気にもならない。死ぬ間際でこんな性質の悪い冗談を見せられて聞けという方が どうにかしている。 「……キョウスケより……つっけんどんですの……」 キョウスケ――キョウスケ・ナンブのことだろうか。 そういえば、あの地下ドックで見たゲシュペンストMkVは明らかに異常だった。 あれは一体なんだったのか、そして、自分たちを追い詰めたロンド・ベルもまたあの ベーオウルフと同じような事になっていたのか。 「……どういうことですの?」 知る必要がない。自分の見る夢のキャラクターに語りかけるほど落ちぶれてはいない。 どうせ死ぬのだから、もう少し静かにして欲しい。 「残念ですけど、それ無理、ですの」 「何だと?」 ***** 「……う……?」 再び、世界に光が戻った。電灯の眩しさに、光を遮るように腕を伸ばす。 「ここは……いや、生きているだと……?」 起き上がり、アクセルは自分の身体を見た。上半身の服は脱がされ、包帯が所々に巻かれては いるが、五体満足。最後に見たような悲惨な状況からは程遠い。 「……何が起きた?」 死に掛けていたはずの身体は五体満足、そして、何処かは分からないが基地のような雰囲気が 辺りに漂っている。 そしてこの状況からすると、転移に成功はしたが、自分とソウルゲインはどうやら鹵獲されて しまったらしい。死にかけだったのを助けてもらったのは幸いだが、厄介ごとに巻き込まれて しまったようだ。 「あ、起きられたんですね?」 ドアの開く音と少女の声、その方を見れば褐色の肌の少女が包帯と水差しを持って立っていた。 年の頃は12かそこらか、だがニュータイプ的な感覚のせいだろか、年相応とは思えない雰囲気を 少女から感じる。 「……あの、どうかされましたか?」 「何でもない。アンタが俺を助けたらしいな。一応感謝しておく」 「いえ、私が助けた訳じゃなくてリガ・ミリティアの人が貴方をここまで運んできたんです」 「リガ・ミリティア?」 あちら側で聞いた事のない名前が出てきた。少女の口ぶりから何かの組織である事は分かるが、 果たしていったい。 「シャクティ、その人ようやく起きたみたいね」 「マーベットさん」 また女の声。見れば、手当てをしに来た少女と同じ褐色の肌の女性がドアの前に立っていた。 そのままこちらへとやって来る。 「死んだように眠り続けてたから、このまま起きないのかと思ったわ」 「そうか。ところで、此処はどこなんだ?」 「起きて早々ね。此処はリガ・ミリティアの地下工場よ、この近くであの蒼色のお髭と一緒に  倒れてた貴方を私達がMSで運び込んだってわけ」 ソウルゲインのことだろう。だが、MSという単語、そして眼の前のマーベットと呼ばれた 女の鍛えられた体が此処がただの組織ではないことを思わせる。 「それで、貴方は一体何者なのかしら。あんな機体始めて見るし、貴方のその体つき、  到底普通の人とは思えないわね。ザンスカール? それともOZ? どこの組織の人間  かしらね?」 その推測が正しかったように、マーベットの目つきが兵士達特有の鋭いものに変わった。 「俺は……アクセル・アルマー。何故ここにいるかは分からん。覚えてるのはこれだけだ」 「記憶喪失とでも言いたいの?」 「かもしれん。ここに来るまでの事は正直良く覚えてなくてな」 嘘は言ってない。もとより自分はシャドウミラー。本当のことを全て言う気は最初からないが、 此処が何処かも分からないうちから下手な事を言うつもりもない。 「……信用したいところだけど、今の私達の状況は余り良くないの。いきなり、太陽も月も  見えなくなって通信もままならない。そのうえ、ベスパの攻撃も激しくなってきているから」 「ベスパ? 太陽と月が見えないだと?」 「あなた、冗談を……言ってるわけじゃないみたいね、その様子だと」 「ああ」  警戒が微かに緩むのを感じる。だが、目から鋭さは失われない。このまま尋問を受ければ 下手を打つ可能性がある。 どうしたものか――考えあぐねるアクセルだが、警戒のブザー音が彼を救った。 「ベスパのモビルスーツ部隊!?」 周囲のざらつく感覚が流れ込む。 敵意と不安、それらがない交ぜになったものがアクセルに伝わってくる。 「敵か?」 「ええ、この様子だとそうみたいね……!」 それだけ言うとマーベットとシャクティと呼ばれた少女は部屋から出て行ってしまった。 外の慌しさは時間を追うごとに大きくなっていく、 「……どうするか」 体の方は既に完治に近い。このままソウルゲインに乗ったとしても問題はないだろう。 しかし部屋の鍵はかけられたまま、開錠するための道具もない状況では手のうちようがない。 ――キィィィィン 「くっ……! なんだ、この感覚は……!?」 耳鳴りのような甲高い音が脳内に響く。 『来ますの……』 今度は直接脳内に声が響く、それはニュータイプの共鳴とは違い、内部から放たれる感覚。 まさか、次元転移が自分の脳に何かしらの影響を与えたとでも言うのか。 先ほどは出任せに言ってみたが、下手をすれば本当に自分は記憶喪失になっていたのでは ないだろうか。 ぞっとしない考えが浮かんだ。 しかし、自分がおかしくなっていないとすれば、この声は―― 『本当にアクセルの中にいますの』 「……中に誰もいませんよ、とかいう台詞のホラー映画を昔レモンと見た気がするが、まさか  自分が体験する事になろうとはな」 『それ、素敵に皮肉でとっても失礼ですの』 どうやらこちらの声はちゃんと聞こえているらしい。頭を抱えたくなったが、今はそんな事を している場合ではない。今、この間にもブザーのけたたましい音がひっきりなしに 鳴り響いている。 「おい、貴様は何者だ? 宇宙にいたはずの俺が此処にいるのも、傷がほとんど治っているのも  貴様がやったのか?」 『答えはイエス、ですの。あと、私はアルフィミィと申しますの、今後ともよろしくですの』 聞いた事のない名前だった。 だが、何処かで聞いたような――いや、レモンの声と酷く似ている。 『レモン?』 「お前に関係ない。それよりだ、いったい、どうして俺の――」 そこで、鍵が開く音がした。 「ちっ……誰か来たか」 『なら、少し静かにしてますの。アクセル、また後で……』 声が消えると同時、部屋に体格の良い老人とマーベットが再び入ってきた。 「君があの機体のパイロットかね」 「そういう事になっているらしいな。それで、俺に何の用なんだ?」 顔を見合わせる老人とマーベットに、嫌な予感が働く。 「この工場をベスパのMS部隊に発見された。彼らが攻撃を仕掛けてきているのだ。  君に、あの機体で出て欲しい」 「なんだと?」 「私は怪我で、でてもマトモに戦えない。それに、此処にはパイロットがいないの」 記憶喪失だという人間に頼み込むなど、切羽詰っているとしても酷い話ではある。 だが、これはまたとないチャンスだ。 「おい、記憶喪失の人間にどうしろと? 俺は動かし方を知らないかもしれんぞ?」 「それは分かっているわ。でも、もし貴方があの機体のパイロットなら動かし方は身体に  身についているはず。支援してくれるだけでも良い、他にも貴方と同じように出ている子達が  いるの。あの子達を死なせるわけには行かない、だからお願い」 都合の良い事を言う。だが、これで良い。 「どうなっても知らんぞ?」 「出てくれるか!」 相槌を一回打つだけで事は済んだ。服を着込むと、この工場にあるというドックに向かう ことになった。 慌しく行き交う人間達の間をすり抜け、ニュングと呼ばれた老人とマーベットの後を追う。 「これは……」 行き着いた先に広がる光景にアクセルは軽く驚く。 ガンダムのコアファイターに似た戦闘機、MSタイプの大きさではあるが、それらとは明らかに 一線を画した技術とフォルムを持つ機体がソウルゲインの両脇に並んでいる。 だが、驚いたのはそれではなく―― 「クリアーナ君、君にまでこのような事を頼んですまない」 「良いんですニュングさん。アニキみたいにはいかないかもしれないけど、アタシだって  エール・シュヴァリアーは乗りこなしてみせます」 「ウッソ、いける?」 「大丈夫ですよマーベットさん。このままじゃ、皆殺されちゃうんだ。そんなの見過ごす  わけにはいかないから」 その二つの機体に乗り込むのがただの子供だったからだ。 世界には少年兵が存在する場所もある、だから子供が戦うことには疑問はない。だが正直な話、 あまり気分のいいものではないのも事実だ。 「あの」 そう思っていると、MSタイプの機体に乗り込む少女がアクセルに駆け寄り声をかけてきた。 「っ……!?」 微かなめまい、その瞬間、アクセルの目にその少女が二人いるように見えた気がした。 だがそれもすぐ収まり、眼の前には明るいオレンジ色の髪をした少女が。 「アタシ、クリアーナ・リムスカヤって言います。まだこの子に乗り慣れてないけど、  絶対足手まといにはならないようにするから。だから、お互い頑張って生き残ろう」 「あ、ああ……俺はアクセル・アルマーだ。よろしく頼む」 握手と挨拶を交わすと、クリアーナはタラップに乗って自分の機体に乗り込んでしまった。 もう一人いた少年の方はと思い見るが、緊張してなのか既に戦闘機の中にいるようだった。 『アクセル、貴方は戦いますの?』 戦うしか他はない。自分たちの望む世界、永遠の闘争を続けるために。 『静寂……私はそれを望んだ……でも、想いの力はそれより強くて……』 頭の中で響くアルフィミィの声。静寂の世界というものが何かは分からないが、今の自分は ただ、眼の前の敵を叩き潰し生き残る事だけを考える。 整備され五体満足となったソウルゲインを見上げ、アクセルは思う。 『今の貴方を私はまだ理解できませんの……でも、私は貴方に助けられ、私は貴方に助けられた。  だから一緒について行きますの――この先に何があるか見届けるため』 ならば、一緒に来れば良い。タラップを起動させ、ソウルゲインのコクピットへ乗り込む。 モニタが一斉に点滅し、蒼色の巨人がアクセルを迎え入れる。 『ええ、そうさせていただきますの。だから、これからもよろしくですの、これが』 少女の声が笑っているような気がした。 『アクセルだったわね。やっぱりその機体は貴方だと動くみたいね。いける?』 通信機越しにマーベットの声が聞こえる。 「ああ、俺も何故かこの機体の動かし方が分かる。いけそうだ」 口から思ってもいない言葉を吐き、ソウルゲインのシステムを確認していく。 「DFシステム、オールグリーン。DAシステム、オールグリーン……」 全てのシステムがあちら側とまったく同じ状態にまで回復している。 これならば、全ての機能を完全に使い切る事が出来る。 『それじゃ、出すわ。気をつけて、3人とも』 マーベットの声を合図に頭上のハッチが開き、ハンガーがゆっくりと競りあがっていく。 一定のリズムを刻み、空が近づく。 そのリズムに全身を巡る血液が滾り、近づく戦いの匂いに精神が昂ぶる。 戦士として身に付いた全てが覚醒していく。 そして、ハンガーが音を立て、静止した。 開ける視界、全身を突き刺す殺意と敵の機影。 閉じていた瞳を見開き、アクセルは――笑った。 「アクセル・アルマー――出るぞッッ!」 そして物語は幕開く。 これは有り得たかもしれない世界での、有り得たかもしれない物語。 異なる世界、異なる時空、有り得たかもしれないもう一つのシャドウミラーの物語。 異なる世界、異なる時空、有り得たかもしれないもう一つのアクセルの物語。 消えた命の星、消えた空、異なる場所で彼等は戦う。 門を超えて訪れた新世界で彼等は出会い、戦う。 だが、彼等は知らない。 待ち受ける脅威を、待ち受ける破滅を、彼等は、まだ、知らない。 踏み出す先にあるものを、まだ知らない。 知るのはもっと先のこと。 ――そう、物語は始まったばかりなのだから