―シャドウミラー前線基地。ヴィンデル・マウザーの執務室。 対ザンスカールに備えて、ヴィンデル・マウザーがパラダイム社社長アレックス・ローズウォーターと会見をもつと知り、ジョシュア・ラドクリフは驚いていた。 パラダイム社といえばつい昨日まで敵対していた組織。それが今になって盟友とは何があったというのか。 いやそれよりも、ほとんど戦力の残っていないザンスカールを潰すとはどういうことなのか。 ジョシュアの脳裏を、カサレリアに住んでいたあの健気な女の子の姿がかすめた。 「ヴィンデル。  パラダイム社と手を結ぶ理由なんてどこにもない。  ザンスカールを潰すより、むしろパラダイム社を叩くべきだ。」 「ジョッシュ!おい!」 アクセル・アルマー――シャドウミラーメンバーの中で最もジョシュアと付き合いの長いであろう彼は、ヴィンデルに食い下がるジョシュアの狼狽ぶりをみて、それにまたうろたえた。 「ザンスカールはすでに弱体化している、シャドウミラーにとっては脅威じゃない。そうだろう?それにザンスカールは――」 「 ジ ョ シ ュ ア ! 」 一言。 ヴィンデル・マウザー大佐の一喝に、ジョシュアは言葉の行方をなくした。 「立場を勘違いしてはいけない、君は私の「協力者」で戦友でも同志でもシャドウミラーでもない――わかるな?」 その通り。ジョシュア自身は只の傭兵であり、なりゆきで彼らに同行しているにすぎない。 そんな自分が一個部隊の長に何を食い下がることが出来るというのか ――だが、それでも 「・・・ザンスカールの王女は未成年だ。」 「ジョッシュ!もうよせ!」 「あなたにも信じるべき正義があるだろう!」 「もういいジョシュア・・・」 ふっと、ヴィンデルの背中に流れる澱みが消え去った――そして 「 面 倒 だ 。」 グイッ   ガ シ ャ ン       ガ ッ 「ガハッッ!?」 それらが一気にヴィンデルの右の腕を通じて自分に叩き込まれたとジョシュアが知ったのは、壁に叩きつけられ、肺の中の空気をしぼりだした直後だった。 「落ち着けヴィンデル!」 「吠えるなアクセル。・・・ジョシュア、私を見ろ。」 右腕一本で襟首を固め、睨めつけるヴィンデルの眼は、まるで獅子か猛禽が捕らえた獲物を確かめるような、そんなプレッシャーをジョシュアに与えていた。 「『正義』か。これほど万人に一番愛される言葉もないな、素晴らしい言葉だ。  しかしな、自分の力を行使するでもなく、他力本願で他の誰かの死を願う。  お前の言う正義だって随分と生臭いぞ。  血溜まりの匂いが鼻につく、そう思わないか?」 「・・・・・・・・。」 壁に磔にされたままジョシュアは、痛いほど降り注ぐ殺気の源をにらみ返した。 「そんな顔をするな、別に責めてる訳じゃない。  お前からそんな台詞が出てくるとは、思ってもみなかった。  私は『愉快』でたまらない。」 「ヴィンデル・・・気がすんだなら、そいつを下ろしてくれ。」 アクセルは静かに狼狽していた。 何もこんな面のヴィンデルを見るのが初めてというわけではなかった。 ただ、それが見られたのはほとんどが戦場の只中。 機動兵器の装甲越しにですら感じられる殺気を生身の、それも一兵卒の青年に向けるなど、たわむれでもあのヴィンデルがする筈がないと思っていた。 「・・・ヴィンデル。あんたの勝利は確実で、失うものだって何もない。  それでもまだ足りないのか?」 身じろぎ一つも命取りになりえそうなプレッシャーの中で、ジョシュアはゆっくりと――確実に言葉をかさねた。 「・・・足りないな。」 それに応えるように、ヴィンデルもゆっくりと、しかしはっきりと言い放った。 「命を乞う時の「こつ」は二つ。  一つは命を握るものを楽しませること。  もう一つは、その人間を納得させる理由を述べることだ。お前はまだ、どちらも満たしていない。  さあ踊れ。  そうまでして助ける義理がどこにある?」 ジョシュアの喉を締める力がよりいっそう強くなる。 ――まずい、本気だ―― アクセルは完全に機を逃したと思った。 ジョシュアは目下のシャドウミラーにとって貴重な戦力であり、そして何よりこの世界での貴重なコネクション。それはヴィンデルも十二分に承知している筈。 しかし、何故かは分からないが、ジョシュアはヴィンデルの逆鱗に触れてしまっている。 おそらく、今のヴィンデルは何を言っても力を緩めるつもりはない。ジョシュアに今求められているのは、いわば遺言。 この間に割って入ろうとすれば、おそらく自分もただでは済むまい。 背中を冷たいものが流れる。それでも―― ――それでも尚、ジョシュアを殺させてはならない。何故だかは分からないが、そう命じる声がアクセルの中に反響している。ここで彼を失えばアクセル自身に何かがおこるとでも言うように。 だが、目の前の上司であり戦友が、それを容易に行動に移させてはもらえない相手であることも、アクセルの中に確固たるイメージが存在していた。 ――・・・どうする?どうすればいい?―― その時だった。 「・・・貴方は一つ勘違いをしている。」 ジョシュアの口が、さっきよりもはっきりと、確実に言葉を紡ぐ。 その呼吸はさっきよりも静かで、落ち着いていた。 「義理じゃない、正義でもない。理由なんてたった一つだ。  そいつは―― 俺 の 『趣 味』 だ」  「『趣味』?」 「そう、『趣味』だ。――貴方と同じだ。」 ヴィンデルの目が丸くなった。 そして―― 「・・・・ふ・・・ふ、ふ、ははははははははははは!  あ は は 、 は は は は は は は は は は は は は は は は は ! ! 」 部屋中に、いや、基地中に響くかとも思える声を張り上げ、ヴィンデルは『笑った』。     スウゥッ そして、ひとしきり豪快な笑い声を上げたのち、ゆっくりとその右腕を下ろした。 「ヴィンデル・・・」 「ふふふ・・・いやこれは、趣味ときたか。くくくっ」 「・・・ヴィンデル?」 「いやなに、危うい小僧を少々戒めるだけのつもりだったが・・・これは面白い。」 ヴィンデルの顔には意地悪そうな笑みが貼りついていた。 「少年、一つ憶えておけ。生命には『賭け時』があるものだ。自分の生命を安売りするものではないぞ?」 アクセルは呆気にとられていた。 まるで自分の仕掛けた悪戯が成功した少年のように笑う自分の上司。 まるで狐か狸にでも化かされた様、とでも言えばいいのだろうか。 やはりヴィンデルはジョシュアを殺す気などなかったのだ。 ただ、そう、『戒めた』だけ。彼にとって殺気の『出し入れ』など、呼吸することと同程度に自在であると言う様に。 それにしても ――なんとも肝の冷えることをやってくれる・・・―― アクセルは安堵と同時にそれ以上の疲労感をしっかりと味わった。 「・・・・・・ヴィンデル・・・一つだけ・・・一つだけ言わせてくれ。」 「ん?」 ジョシュアは悟った。 はぐらかされたような雰囲気だが、確かにヴィンデルはジョシュアの進言を切って捨てている。 当然だった。 ヴィンデルと正面から相対してようやく理解した。視線の中に殺気を帯びながらも真っ直ぐに思いをぶつけてくる彼には、己の進む道がみえている。 誰も邪魔できない。 彼らには彼らの信念によって行うべき闘争があって、それを止める権利も資格も能力も、ジョシュアには、ないのだ。 それでも―― 「貴方たちが言う闘争が・・・もしそれですべてが収まるなら・・・」 ――それでもまだ、望めることがあるとするなら――― 「ザンスカールを徹底的に叩いてほしい。  それも、軍の存続が不可能になるほど、枯れ木も残さないほどに。  それのみが彼女を・・・シャクティを・・・解放する。」 「・・・・・・・・・・・・・。」 今度はヴィンデルが呆気に取られる番だった。 だが、彼は即座にジョシュアの言葉の『意味』を汲み取った。 「・・・なるほど、なるほど。確かに。  この状況下であのサイキッカーの娘御が『カサレリアへと帰還』するには――『残る全て』が引き換えだ。」 ヴィンデルは今度こそ本当に、彼が戦場でのみ見せる顔をジョシュアに向けた。 「悪党だな、ジョシュア。 正しい判断だ。  いい悪党になるぞ・・・お前は。」 ※元ネタ:「BLACK LAGOON」第五巻より。  小説版を読んでて、「遊撃隊とシャドウミラーって結構似てね?」と思ってやってみたり。