「あ、いたいた!おーいアクセルー!」 記憶喪失のロボット乗りアクセル・アルマーが振り向くと、赤黒金の3色の頭が目に入った。 テニア、カティア、メルアの通称サイトロン3人娘である。 「おう、俺に何か用か?」 「そうなんです。アクセルさんに相談したい事があるんです〜。」 メルアが相変わらずぽんやりした様子で笑顔を浮かべながら答えた。 「うん、どうやったらアクセルみたいに非常事態でもノーテンキ『こらテニア!』 テニアの遠慮のない物言いを、3人娘のリーダー格カティアがすかさず叱る。まぁ、それだけテニアはアクセルと割とよく打ち解けて居る訳でもあるのだが。 ノーテンキか、とアクセルは内心苦笑した。確かに「記憶喪失で、謎の人型機動兵器に乗ってて、妙な戦艦で流浪の生活」という冷静に考えるとかなり大変な状況にあるにも拘らず、あっという間に他のクルーと打ち解けて3枚目の役柄を確立したアクセルは、見る人が見れば「ノーテンキ」だろう。 「失礼しました。どうしたらアクセルみたいに状況にうまく適当して、かつ戦闘にも慣れられるか、参考までにお話を聞かせて下さいませんか?」 「統夜の事、か。」 カティアの丁寧な説明で、アクセルは何故彼女たちが自分に相談を持ちかけてきたかを理解した。 紫雲統夜。サイトロン3人娘が持ってきた人型機動兵器「ヴォルレント」「ベルゼルート」のMMIに適応できる2人のパイロットの一人。 しかし同じくサイトロンコントロールに適応できるカルヴィナ・クーランジュ元少尉と違い、彼は民間の学生であった。 そもそも彼が操縦できると発覚した理由が 3人娘が彼の学校に墜落 ↓ 近くで統夜が転んでたらたまたまリンケージ率が上昇 ↓ どうやらあの人っぽい、コックピットに押し込めちゃえ ↓ やっぱりそうだった! という事故が原因。しかもその後3人に協力を求められたのに際して「怖いし戦いたくない」と民間人としては割と普通の反応を返した所、匿ってくれた研究所のスタッフからは「人でなし」だの「男らしくない」だの罵られた揚句「謎のシステムに対応してるなら、軍の過激派に狙われるかもしれない」と脅され彼は、民間のような軍艦のような曖昧な立場の戦艦に乗る羽目になったのであった。 その後、戦闘アドバイザーとして同席していたクーランジュ元少尉もサイトロンコントロールに対応してると判明したが、何故かそれ以外の適応者は現れず、現在彼は不満タラタラのまま状況に流されながら戦っているのである。 「ま、確かにあのまま戦われると他のメンバーの士気にも関わるからな。ちょいと長くなりそうだし、食堂で話したほうがいいと思うんだな、これが。」 「ふ〜む…しかしどうするかな、統夜が魅力として感じるインセンティブって線は無理だろうし。3人とも無一文だしなぁ。」 アクセルは、振る舞われたジュースやお茶などをすすってる3人娘を見まわしながら軽くため息をついた。 統夜が戦いへの恐怖を克服するほどの魅力的な報酬をこの3人が用意できるとは思えない。 「ごめんなさい…私たちには本当にあの2機しかないんです。」 「いや、メルアちゃんのせいじゃないし謝られることでもないんだがな…」 心底申し訳なさそうに言うメルアに対して、アクセルはあわてて首を横に振った。 「ねぇねぇ、プラス方面が無理なら、マイナスの方をどうにかするってのはどうかな。」 「あ、なるほどな。テニア、案外冴えてるな。」 「むぅ、案外とはなんだーっ!」 3人の中ではどっちかと言うと頭脳労働より直接手を動かす方が得意に見えるテニアの発言ではあったが、アクセルにはなかなかの閃きのように聞こえた。 確かに、発想の転換というものは重要である。 「統夜が怒っている理由…やはり、普通の生活を私たちの都合で奪われたから、でしょうか。」 カティアが難しい顔をしながらぽつりと漏らした。確かにそれは大きな理由であろう。人は既得権を奪われる事を大いに嫌う。ついでに、その「既得権の侵害」を主張したら人でなしだの女々しいだの散々に言われた事は反骨心を煽るどころか拒絶に拍車をかけていたりもするのだが。 「それもあるだろうが…」 「それだけじゃない、ってアクセルさんはお考えですか?」 アクセルはああ、と頷くと、3人を見まわしながら言葉を紡ぐ。 「オルゴン・クラウドっていうMMIがあまりにも常識外れすぎてて、命を預けられないってのもあると思うんだな、これが。」 異星人の侵略用機動兵器が空を飛びまわるような時代。軍人のそれと比べれば圧倒的に弱いかもしれないが、統夜にだって「命の危機」に対する覚悟は多少はあっただろう。それにあの年頃の少年なら少なからずヒーロー願望だってあるだろうし、生きがい、なんてものを模索し始める年ごろでもあるだろう。「実はゲーセンでやってるゲームは軍のパイロット適合者探しのシミュレーターで、君はそれに合格した!」とかで普通の軍人がスカウトに来ればまだ違った反応があったのではないだろうか? 「そう言われても…現に統夜は何機も敵を倒す活躍できるじゃん!」 「そうです。統夜さんはしっかりヴォルレントを動かせてますし、リンケージ率も元パイロットのカルヴィナさん以上に高い値出せてますよ。」 必死に訴える2人を前にアクセルは苦笑。この娘たちにとっては、それほどサイトロン・コントロールというものが「身近」なのだと改めて感じる。 それだけずっと実験に使われてきたのか、という事も。しかし、今はそういう事を言って感傷的になってる場合ではない。 「テニア、メルアちゃん、もし俺が実は占い師で『コインの表が出たから次の出撃も安心』つったら信用してくれるか?」 突拍子もないアクセルの言葉に、テニアは素っ頓狂な声をあげて言った。 「信用できる訳ないじゃん!そんなの何の理由にもなってないよ!」 「…そうか、統夜にとってオルゴン・クラウドは、それと同じくらい信用できないシステム、そういう事ですね?」 アクセルの意図に気がついたカティアは手を叩いて納得した。 正体不明の「敵」によって作られた「時々未来が見えたり、心がのぞけたりする」システム。強制とはいえ長年それを扱ってきた3人ならともかく、統夜にとってオルゴン・クラウドとは正にオカルト、彼女たち3人に「あなたなら動かせるから大丈夫」と言われても、それは街角のインチキ占い師の言葉と同レベルにしか取れないのだ。 …そういう観点からみると、この戦艦のクルーや最初に統夜を保護した研究所職員、そしてカルヴィナ・クーランジュの順応性には頭が下がるとしか言いようがない。そんなビックリドッキリMMIの存在を事もなく受け入れ、それを運用する決定まで下しているのだから。慣れているのか、深く考えていないのか…(カルヴィナはどうやら無気力状態らしいので、なるようになれと投げやりなだけかもしれないが)まぁ、パイロットに「燃えるぜえぇぇ!」とか叫んでたのがいたあたり前者なのかもしれないが。 「で、でも!さっきも言ったけど、統夜は実際にヴォルレントで…」 「それは『今までだってコインの表が出たから勝てたでしょ』って言ってるのと同義なのよ。」 尚も食い下がるテニアをカティアが諭す。やはり、彼女はリーダー格なだけあってこういう時の対応が大人だ。 「で、でも、どうしましょう…私たち、統夜さんに納得してもらえる説明が出来る程オルゴン・クラウドに詳しい訳でもありませんし…」 メルアが泣きそうな声で言う。これでいよいよ、統夜を説得する材料がなくなってしまった。 「う〜む…」 振り出しに戻るとはまさにこの事。しばらくの間4人で唸りながら次の策を考える。 やがて、アクセルが徐に口を開いた。 「なぁ3人とも。統夜が一緒に戦ってくれる未来っていうのは、見えたことあるのか?」 「う、うん。…でもそれを言っても統夜は信じてくれないんじゃ。」 か細い声でテニアが答える。例え未来が見えたとて、それは可能性の一つ。今現在がアレならば不安にもなろう。 「だろうが、俺は信じるぜ。」 「えっ!?アクセルさん…」 3人の目が驚きで見開かれる。今までオルゴン・クラウドがいかに信用できないかを力説していた人間の言葉だけに、尚更だろう。 「記憶がなくても、人を見る目は変わらんぜ。君たちが嘘をついているようには見えないんでな。」 ここぞとばかりにふふん、とキメるアクセルを、3人は瞳を輝かせて見詰めた。「黙っていれば2枚目」的な彼にすれば珍しくきっちり決まっている。 「戦いたくないって新兵を励ます役柄、何回かやってたみたいなんでね。君達が『絶対にうまくいく』ってお墨付きくれるんなら、多少博打っぽい発破の掛け方、試してみようかと思ってね。」 「じゃ、じゃあ、アクセルさんが統夜を説得してくれるんですか!」 「美少女の頼みを断っちゃ、男が廃るってものなのなんだな、これが。」 「統夜〜はいるぞ〜。」 「…」 相変わらず出撃時以外は自室でぶーたれている統夜。ベッドに寝転がったまま、アクセルが入ってきたにもかかわらずそちらを見ようとさえしない。 そんな態度に苦笑しつつ、アクセルは構わず言葉を続ける。 「まぁ予想はついてるだろうがな、お前さんが戦うのを嫌がってる関連の事で話をしようと思ってな。ちょいと邪魔するぜ。」 近くのいすを引いて、統夜の反応お構いなしに腰を掛ける。ここで統夜がようやくアクセルの方を振り向いた。 「何だよ、お前も『意気地無し』とかいうのかよ。」 「まぁまぁそう構えるなよ、ゆっくり話そうってだけなんだな、これが。」 すっかり警戒モードの統夜を宥めすかせる。 「正直に言うとだな統夜。もし本気で戦いたくないってのなら、さっさとこの艦降りた方がお前の為にも、あの娘達の為にもなると思うんだな、これが。」 「な…」 3人が学校に墜落して以来ずっと「意気地無し」「根性無し」「無責任」「臆病者」「女々しい」など罵声を浴びせ続けられていた。統夜だって自分にどうにかできると確信があればどうにかしてやりたいと思う以上、周辺の反応だって理解できない訳ではない。それでも、そんな葛藤お構いなしに浴びせられる言葉に、意固地になり続けてきた。その中であの日以来初めてかけられた、戦闘からの逃避を容認する言葉に統夜は困惑する。 そんな様子お構いなしにアクセルは言葉をつづけた。 「確かに軍に捕縛されるだろうが…でも、だ。貴重なサンプルであるからには向こうだって懐柔に出るだろうし、軍のセキュリティーによる命の保証もされるだろう。民間人だって絶対安全となんか言えないこの時代に、それは破格のメリットだと思うぜ、こいつがな。」 「アクセル…アンタ、何を言って…」 想定してなかった事に加え、一番何も考えずに戦っていそうな人物からの言葉に、統夜の理解が追い付かない。 「それに、すっぱりお前さんを諦めればあの娘達だって余計な心労を負わないし、カルヴィナ姐さんのサポートに集中できる。万々歳、だろ?」 「おい…!おい!アンタ、いったい何が目的なんだ!」 「ここで怒るって事は、心のどっかであの娘達の力になりたいと思っている、…違うか?」 「うっ…」 図星をつかれ押し黙る統夜。彼とて、頼られれば悪い気はしないし(それが美少女三人なら尚更)できる限り何とかしてやりたいとも思うだろう。 ただ、その為に使われるツールが戦争用人型機動兵器、しかもものすごく胡散臭いMMI搭載と来たものだ。彼の理解の範疇からすれば「できる範囲」を超えていると判定されてもしょうがないだろう。 「ま、俺は美少女の味方なんでな。お前さんがそっちに傾くよう、一応一言言わせてもらうぜ。」 お前が戻りたい日常、それはお前でなくとも廻ってゆく。が、あの娘達三人の運命は、お前さんとカルヴィナ姐さんしか回すことができない。 「確かにあのオルゴン・クラウドという不確かな駆動機関に、しかも素人のお前さんが命を預けるっていうのは只ならぬ不安が付きまとうだろうがな。」 統夜の肩をぽんと叩くと、アクセルは彼の目を見つめながら、一言づつはっきりと言葉を紡いだ。 不安と戦い、命の危険に晒されながら、それでもお前にしか切り開けない未来に向かって進むか それとも鉄壁の守りの中でモルモットとして膝を抱えていくか、お前は決断しなきゃならん。 「断言するぜ。どっち選んでもお前さんは後悔する時が来るだろう。戦えば絶対危ない目に逢って『あ〜やっぱり逃げりゃよかった!』って思う事があるだろうし、逃げればあの娘達への慙愧の念に囚われるだろうさ。その年で人生の選択ってのも酷な話だが…決めるのはお前だ。他の奴は知らんが、俺はどっちをお前さんが選択しても責めはしない。」 言い終わるとアクセルは席を立ち、統夜の部屋を後にすべく扉の前に立った。そして、ドアを開けたところで後ろを振り向き、こう付け加える。 「ま、もし戦う方を選ぶなら…あの娘達の頼みとはいえ俺が引き込んだようなもんだし、できる限りのサポートはすっからよ。よく考えな。」 「…そういえばそんな事もあったかもしれんな。」 新郎控え、と書かれた扉の前に立ち、アクセルは目を閉じながら己の記憶を探った。 「俺も本当は理解してたんだよな、元の生活に戻っても、俺の居場所なんて有るようで無かった。それでも、それがあまりに突発過ぎて、くずってたら色々言われて無暗に反発して。」 自分にしか切り開けない彼女たちの未来は、やがて自分の出生と関わる「宿命」になっていった。オルゴンクラウドの正体が分かって、かつ生き残れたから出る言葉かもしれないが、戦う事を選んだ自分の決断は間違っていなかったと思う。 「その決断を一番後押ししてくれたのは、今思えばあの時のアクセルの言葉だったからさ。ちゃんとお礼言っておきたかった。」 「あの三人に頼まれたからであってお前のためではないのさ、これがな。お前に礼を言われる筋合いは無いし…依頼人からの礼も受け取っているからな。」 アクセルの言葉に怪訝そうな表情を統夜。その様子を見てアクセルはニヤリとしながら言った。 「花嫁の父役は、俺だ。彼女の手を引いてバージンロードを歩く、役得だな。」 「な、お前!そういう重要なことは早くにだな!」 「言おうとしたらお前が下らん思い出話を始めたのだろうが。」 ぐうの音も出ない様子の統夜を見てフフン、と笑うアクセル。お気楽な時も、クールな時も、結局統夜はこの闇騎士に頭が上がらなかった。 「統夜。」 それでも何か言い返そうと思案している統夜に、アクセルが呼びかける。何?、と彼が頭をあげると 「一応、花嫁の父なのでな、一言言わせてもらおう。俺の様に女を泣かせる男になるなよ?…彼女を幸せにしてやれ。」 「…ああっ!」 統夜は力強く頷いた。 おまけ ラミア「ちなみに花嫁の母は私だったりしちゃうでありんす。これで隊長とは娘を授かった夫婦ってことで。」 アクセル「ラミア!?き、貴様どこからわいて出てきた!」 あとがきその他 呼び方 アクセル→三人娘 テニア・カティア・メルアちゃん 三人娘→アクセル テニア→アクセル カティア→アクセルさん メルア→アクセルさん 統夜←→アクセル 呼び捨て お前 お前さん ドラグナー三人組と仲良くしてるアクセルを見ると、彼がナデシコに乗ってれば序盤統夜も「閉鎖された学校みてあきらめモード」ではなくもう少しちゃんと説得できたんじゃないかなぁと。OG外伝で第三のキャラクターが開花、それはそれで魅力的なアクセルですが、やはり「三馬鹿+1の駄目兄貴。でもいざという時にキメてくれる」彼が好きです。 あと物心ついたときに見たのはガンダムXなんで、惚れた女性の為に戦う主人公が好みです。Zがものすごく楽しみです。 最後の部分に出てくる嫁は各自好きな人を代入してください。また「研究所、戦艦」とぼかして書いていますが、本来合うはずのない人同士の話なのでそのあたりは「アズマ研究所とクロガネ」でも「光子力研究所と機動戦艦ナデシコ」とでもお好みに変換してください。 |=