地球、ゾヴォーグ、バルマー。 銀河を三分割した戦いも、ようやく終結の日を見た。 そして戦いの終結に多大なる貢献を果たした地球の部隊が帰還して…… これはその少し後の話である。 ビッグマネー! 〜波の上の魔術師の弟子〜 「なんだ……って」 「終わりにしましょうと言ったのよ。あなたとの関係もね」  コルムナに寄港しているヒリュウ改艦内。  格納庫のシャトル前で、タスク・シングウジは愕然としていた。そうさせた張本人は、彼と視線を合わせることもなくそっぽを向いている。 「いいかげん飽き飽きなのよ。私のことを好きと言っておきながら、他の女性にも色目を使う。いつも調子の良いことばかり言って、少しも誠意を見せない。ほんの戯れ程度に付き合ってはみたけれどね……」  そこで一息つき、タスクに目を向ける。 「大体、私は元々レーツェル……エルザム様が好きだったのよ?どうして全く似ても似つかない貴方が好かれていると考えていたのかしら。むしろこちらの方が聞きたいわね」  レオナの言葉に、しかしタスクは瞳の色を取り戻す。 「……おかしいな。いっつも俺とは付き合っていないって言ってるレオナなのに、何で今回に限って『別れ話』なんだ?」  ……息を呑む声は、聞こえなかったはずだ。 「それは私の見解で……貴方はそうじゃないと信じていたものね。この際だからはっきりさせておこうと思ったのよ」  冷淡に言い放とう。 「良かったわね?これで私に気兼ねなく、他の女性を追いかけ回せるでしょう?」  目を伏せ、タスクが深くため息を付いた。  ようやく諦めたか? 「それ、レオナちゃんは俺が他の女の子を追いかけ回すのがまだ気に入らないって聞こえるんだけど」 「ッ」  今度は、確実に聞かれた。自覚したし、一瞬口に手を当ててしまった。 「あのさ、レオナ……俺じゃ頼りないかも知れないけど、何かトラブル抱えてるなら相談に乗るぜ?」 「っ大した自信ですこと!」  いけない、崩れる。 「いいわ、ずっとそうやって自惚れていなさい。すぐに自分が都合の良い妄想で動いていたことが判るでしょうから!」  平静が崩れ落ちる。元々危ういバランスの上に成り立っていたそれは、些細なことで崩れ落ち、修復不可能となる。それを彼に悟られてはいけない。  目を合わせていられなくなり、荷物を持ってシャトルへ向かう。 「おい!待てよ、レオ……」 「付いてこないでッ!」  半ば悲鳴と化してしまった言葉と共にレオナの体はシャトルの中に入り、直ぐさまエアロックが閉められた。  そのままレオナはその場に崩れ落ちた。 「はぁ……はぁ……」  激しい運動をしたわけでもないのに、息が上がる。必死に嗚咽を堪えているのを自覚している。 「あの、少尉……」  絶妙なタイミングでエアロックを閉めてくれた女性の士官がレオナを心配そうにに見ていた。 「ごめんなさい、機長に、もう、出てもかまわないと、伝えてくれる?」  ゆっくりと、ひねり出すように言う。 「はい」  元統合軍の准尉は事情を把握していた。だからこそ、そっと声をかけた。 「あの……シングウジ少尉も、気付いたと思いますよ?だから……」 「違うのよ」  首を振る。 「事情を知ったら、彼はきっと私を引きずるわ……私は、彼の足かせにはなりたくないの、だから、私と別れて良かったって、そう、思わせなきゃいけないのよ……」  家の事情により悲恋となった恋。フィクションにも現実にも数多ある物語。  准尉はそれを美しいと思っていつも見ていたが、ここで、直に目の当たりにして別の感慨も抱いた。 (なんて、激しい想いだろう)  相手を想うが故に、自らの身を斬る。それを、激しい想いだと彼女は思った。 日本、鎌倉地区。  保護指定を受けている日本家屋に、タスク・シングウジは物怖じすることなく入っていく。 「じいさーん!じいさん!居るかぁっ!?」  彼にしては余裕無く見える。 「じいさん!」  襖を開け、彼はようやく探していた人物を見つけた。 「なんじゃ、誰かと思えば爺不幸者の孫ではないか。小遣いでもせがみに来たか」  ちらりと一別しただけでその老人――タクマ・シングウジはすぐに正面の碁盤へ視線を戻した。 「あんたの財産、継ぐ気になった」  その言葉に、ようやく顔ごとタスクに向く。 「ほぉ……あれだけ重責を嫌がっとったお前が、どういう風の吹き回しじゃ?」 「責任やしがらみまみれになったってやらなきゃならねぇことが出来たのさ」 「で、そのために金がいる、か……呆れたもんじゃな」  ふぅとため息を付いた。 「金なら俺でもどうにか出来るさ……けど今の俺が欲しいのは、じいさんの孫って地位の方だ」  改めて、体ごとタスクの方を向くタクマ翁。 「……何か訳ありのようじゃな。言うだけ言うてみい」  地球へ帰ってから一週間。  タスクはレオナから一方的に関係の終わりを告げられていた。  何の脈絡があった訳でもない。驚きや悲しみよりも疑問の方が勝っていて、その理由はすぐに知らされた。 『……すまん』  まず第一声。  ライディース・F・ブランシュタイン少尉は謝罪からタスクに言った。 『元々は俺達の問題だ』  地球圏に帰還して、レオナに多数の縁談が持ちかけられるようになったらしい。  本来ならば、名家とはいえ分家で女児のレオナ・ガーシュタインにそこまで必要に迫られた縁談は行われるはずもない。確かにそうだったし、レオナとしても深く考えてはいなかった。しかしライディースの言うとおり、ブランシュタイン家の事情がそれを要求していた。  本家であるブランシュタイン家の当主であったマイヤーは、今ではビアン・ゾルダーク博士共々、DC戦争は地球のためを思っての行動であったと復権されこそしたものの、結局死人であることに変わりはない。  それを継ぐべきエルザム・V・ブランシュタインは、戸籍上は既に死亡しているし今や行方も知れない。次に家督を継ぐべきライディースは結局絶縁状態のまま天涯孤独の身となってしまい、おまけに御年15歳となるリクセント公国のシャイン・ハウゼン女公と婚約している。易々とブランシュタイン家に戻ることは出来ない。  ……結果、分家であり、一連の銀河規模の戦役において名声も高まっていたレオナが、担ぎ出されたのだ。本人の意思とは関わらないところで……。  この事実を知った上で、タスクはここへ帰ってきたのだ。 「案外、お前と関わりが無くなって向こうも清々しておるんじゃないか?」 「好きでもない男にキスされて、頬の一発も張らないようなタイプじゃねーよ。レオナは」 (ほぉ……)  即答である。 「……これで全部話した。レオナのためなら、どんな重責だって耐えてみせるさ。だからじいさん!」 「ダメじゃ」  こちらも即座に一蹴した。 「なッ……く、この!クソジジイ!」 「人のことをクソジジイなどとよく言えたもんじゃのう……判らんのか?一度その地位を蹴ったのはお前じゃぞ?信用されておらぬのも当然じゃろうが。しかも女のために地位が欲しい?巫山戯るな。財閥の従業員、一人一人の事を考えれば尚更お前に任せるわけにはいかん」  坦々としていながらもその目は間違いなくタスクを非難していた。 「うっ……」 「ふん、そこで無様に怒鳴らん位には自分も見ておったか……だがまぁ、確かにその娘さん……レオナさんじゃったか?意に沿まぬ相手と結婚させられるのも不憫じゃし、公人ではなく一私人としてみれば、お前のような孫を好いてくれる希有な娘じゃしのう。お前にもチャンスをやろう」 「っ!どうすればいい!?」  鬼気迫る表情でタスクがタクマの前に片膝を付く。 「先程金なら自分でどうにかするといっとったな?今お前の裁量で自由に出来る金額はどれほどじゃ?」  タクマに言われ、指折り数えて 「8億だ。これ以上は今ンとこ無理だ」 「ほぉ、三年前修行の元本として出した5000万ドルから増えたのお」 「ったり前だ。じいさんの仕込みだぜ、俺は」 「その儂仕込みの腕を見せて貰おうか」  今まで碁を打っていた碁盤の横に付いているボタンを押すと、碁石も碁盤の目も消え、グラフを映し出すモニターとなった。 「……調度良い。タスク」  碁盤の一カ所を指し示してみせる。 「儂の今の地位を支えているのは無論このメインバンクの存在じゃ。総発行株数約7000万株の内4000万株は儂が所持しておる。残り3000万株の内500万株をお前が抑えてみい。そうすれば内外共にお前を儂の後継者であると明示しよう」 「ちょ、ちょっと待て!」  モニターに映るのはメインバンクの株価だが、その一株当たりの金額は320ドルを超えている。その500万株という事は…… 「16億ドルぅ!?」 「たかが倍じゃ」  しれっと言ってのけるタクマ翁。 「大サービスで期限は設けんものとする。が……彼女の方はどうかのう?そうそう長い間両親からの結婚の勧めを断り続けられるものかのう?」  ニマ〜ッと意地の悪い笑みを浮かべる。 「くっそ!やってやらぁ!」 「おうおう、せいぜい発奮せい」  ひらひらと手を振り、縁側から退却する孫を見送った。 「さて……」  よっこいせと立ち上がると、タクマ翁もその場を立ち去り、電源の切られた碁盤だけが残った。  タスクへ別れ話を切り出す三日前。エルピスへ戻っていたレオナは、多数の縁談が自身へ持ちかけられていることを知った。それと前後して現在の自身の状況も。  それに反発するには彼女は「良い子」でありすぎたし、覆せるものではないと納得してしまうほどに聡明であった。  加えて、エルピスでの滞在中に彼女は両親の口論を聞いていた。 『あなたは、確かに良い人でした……けれど、あの子にも貴方のような良い人が現れるとは限らないのですよ?ましてや、あの子には……』 『恋人が居るのは知っている……レオナの選んだ男だ。さぞや立派な男だろうよ……私とて、あれを戦場に立つことを厭うボンクラなんぞにやるのを喜んでいる訳がない……それを連中め……』  白いものが目立つようになったアッシュブラウンの髪を掻きむしるようにしながら、罵詈雑言を並べ立てる父をみて、自分が愛されているのだということは理解出来た。  だからその会話を聞いて、決めることが出来た。  もし、自分の結婚が政治的な意図を排せずには居られないのならば、せめて親の顔は立てた結婚をしようと。  そう思わなければ、この身を差し出すことに耐えられそうもなかったから……。  その決意と共にヒリュウへ戻り、決別を終えて再び戻ってきた実家。  一晩泣いてしまえば、思ったよりもタスクの居ない人生というのもそこまで問題ではないように思えた。今までだって会ってからずっと一緒だったという訳じゃない。作戦だとかでたまに別れているのだ。  乗馬をして、トロンベの孫馬に当たるシュトゥルムの世話をしてやったり、父の仕事の手伝いをしたり……  その思い違いは、あっさりと打ち砕かれた。 『せめて、エルが居てくれれば……』  就寝直前、再び聞こえた両親の会話。そこで出てきた固有名詞。  エル、エルザム、エルザム・V・ブランシュタイン。  レオナの初恋の人。 けれど幼い恋心はちゃんとした形を為す前にカトライアの登場で幕を閉じる。 彼女は素敵な人だった。だから諦められた。 (そんなこと無い) 自分もあんな人になりたいと思った。 (そうすれば、好きになってくれる?) 死して尚、彼女を愛する男を美しいと思った。 (どうして私を見てくれないの?) 自分もそんな恋をしたいとさえ思った。 (でも、違う人を見つけたの。私を想っていてくれる人なの) タスクに会って、久しぶりに心が震えた。 (だけど、それももうおわり。 だって、わたしとはもうかかわりがなくなったから ひどいことをいったから、かれはきっと、ほかにすきなひとができる) 【また、私は誰も見てくれない】 「いやあぁぁぁっ!」  悪夢に跳ね起きた。全身から汗が噴き出していた。  自分はタスクと一緒にいないのが平気なんじゃ無かった。  今までは、例え別々に居ても心は一緒だと無条件に信じられたから。  だが、あんな別れ方をして、彼の心が一緒にあるはずがない。  だからきっと、彼は恋●をつくって、●人と一緒になって、コ●ビトと心を通わせて…… 「う、あ、あぁ」  自分が恐かったのは、彼の心が他へと向けられてしまうことだ。 「……もう嫌……もう一人は嫌ぁ……」  ぬぐってもぬぐっても、次から次へと涙は溢れてくる。 「どうして?どおしていっしょにいちゃいけないの!タスク!助けて……助けて!助けてよぉ!」  夢により破壊された理性の殻は、修復されぬまま、現実に晒され、暴走は止まらない。  いつだって彼女の危機にあって守ってくれる盾は、そこにはもうない。  居ない。来れない。 《来たがらない》 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”――――」  心がコワれる。 ――壊れてしまえ。  神経がなければ痛みはない。痛がるモノがなければ、もうきっと、苦しくはないから…… 「朝早くから申し訳ありません、社長」  月、セレヴィスシティはマオ・インダストリー。  スーツ姿で現れたリン・マオに待っていたユアン・メイロンが後から続く。 「いや、それよりも状況は?」 「3時間前に我社の株価が急激な低下を見せました」  リンと共に社長室に入り、ユアンが端末を操作してモニタに株価を映し出す。 「株式低下の周期からは外れているな……」  これまでのループから言えばもう3日は遅いはずだ。 「終戦による軍需産業全体の影響としてもおかしなタイミングだな」 「大統領による終戦演説は、5日前の事ですからね……」  その直後の軍事株暴落ならまだ判るが、タイミングが微妙すぎる。 「軍縮発表は2週間後の予定ですが……外部にリークされたんでしょうか?」 「そうだとしても漏れたのはごく少数の筈だ。でなければ何かしらメディアに引っかかっているだろう」  サブモニタに映っている各テレビ局の映像には、軍需産業系の株価急落の報がいくつか見られるが、その原因について言及しているものは見られない。 (……いや、或いは大株主一人がその事実を知るか先読みしての事か……?)  リンのその予想は、半分当たりで半分外れていた。 (リン社長、リョウト、リオ、あとひょっとしたらイルム中尉、すまねぇ)  両手を合わせ、丁度窓から見える三日月に向かってタスクは頭を下げてから、株総売りのボタンをクリックした。  3時間後にリンが呼び出されるのはこいつのせいである。保有する株式の全てを売り払ったのだ。彼の所持したマオ社株は総株数の20%に達する。そんな量を放出したのだから市場の混乱は避けられまい。  実際問題、リン個人の名義で60%の株を押さえているため、株価が急落したところでマオ社自体にはそれ程のダメージはない。その事実を知っているデイトレーダーがじきに値上がりを見越しての買いを始め、ストップ安前に自然と株価は回復していくだろう。タスクもそれを知ってのこの行動ではある。  しかし思わぬ余波もあった。  マオ社と同時にイスルギ株も全て放出したのだが、軍の主力機を卸している二社の株が一度に急落したことにより、終戦から軍縮の発表を今か今かと見守っていたデイトレーダーが一斉に軍事株の売りに転じ、イスルギの方は株価の低下が止まらなくなったのだ。  ぶっちゃけて言えば、ミツコ・イスルギの彼女らしくもない失策である。  シャドウミラーとの接触によって、フレモンド・インダストリー、Z&R社、双方の技術を得ることの利を知っていたのは確かに大きな武器であり、その二社を合併したことによってアサルト・ドラグーンやヴァルキュリアシリーズをより完全な形で量産可能となったのは確かに利益をもたらした。  しかし、合併後程なく終戦。実質は吸収合併であったとはいえ、建前としては三社統合の形を取り、相互に株式の保有をし合ったのが運の尽き。この時点でミツコ個人の三社の株式保有率は40%を下回っていたのである。  急な終戦により、本来なら最終的な株式保有率を80%にしてワンマン化するというミツコの目論見は大きく外れ、どころかイスルギ一社の命運すらもギリギリの窮地に立たされていた。  半年ぶりのデイトレードを開始して4時間後。そろそろ東京の株式市場に移った頃にタスクはこの事に気が付いた。  手元の資料を引き寄せ、長者番付の納税額からミツコの資産を逆算し、現在の株価、株式発行数を見る。 (Z&RとFI社は……手放すしかないなこりゃ。けど本気であの人が買い支えりゃ、イスルギ一社は持ちこたえるか……)  ふむと思案する。可能性としては二択。ミツコが頑張るか、それとも夜逃げをするか。 (……シャドウミラーどころか異星人とだって手を組んだ人がここで諦めるわけもないか……)  物証は何ら得られなかったものの、ハガネやヒリュウのクルー達は全員ほぼその事実を認識している。  イスルギの株価グラフを呼び出す。 「うわ、東京じゃそのうち止まっちまうな」  急降下する価格はほとんど壁だ。じきにストップ安で取引停止となってしまうだろう。すぐさまタスクはコロニー・キボウ証券取引所にアクセスし直す。こちらもストップ安はあるが、東京のそれよりも幅が大きい。  それを見越して、自分と同じ結論に至るデイトレーダーはこちらのストップ安直前で買いに走る。だがそれでは遅い。それを見越して、また更にそれを見越す者がいる。得てしてそういう者ほど動かせる金額は莫大なモノで、そこで価格の低下にブレーキが入る。  そして、それを超越して、自分は動く。 「今」  小さく呟き、1億ドル分の買い注文をする。もう、あと5分ほど下落は続くだろうが、自分の投入した金額で急激にブレーキが掛かり、焦ったデイトレーダー達によってそこからは回復していく筈だ。 「くそ、タスクの奴……!」  苛立たしげにカチーナ・タラスク中尉は舌打ちしながらお世辞にも上品とは言えない歩き方でヒリュウ改艦内を闊歩していた。 「あ、中尉。どうしました?」 「ん〜?ラッセルか。どうしたもこうしたもねぇよ」  不機嫌そうな彼女に自分から近づいていくのはこの男ぐらいのモノであろう。横道から合流したラッセル・バーグマンが心配げに尋ねた。その彼に、カチーナは一枚の書類を見せる。 「タスクの奴め……休暇を申請したと思ったらそのままこれだ!こっちは警戒シフトにきりきり舞いだってのに、何考えてやがる!」 「退役届け……ですか?」 「この間レオナも抜けたばっかだって言うのに……!」  今、オクト小隊には二人しかいない。 「そうだ、レオナだぜ。あいつが抜けなきゃ、タスクのバカだってこんな事はしなかった筈だぜ!」  カチーナがレオナを悪く言うところをラッセルは初めて見た気がした。 「そうだろ!?そもそも何だってタスクの奴を振る必要があったんだよ!?」  ああ、とラッセルは合点がいった。彼女が怒っているのはその点だ。 「ライ少尉の話だと、家の問題だという事ですからね……彼女としては逆らいがたいんでしょう」 「納得いかねぇ。本人達は好きあってるんだぜ?あたしだったら親の縁切られたって構わないね!」  案外ロマンチストなんだな、と思う。 「貴族ですからね……レーツェルさんは違ったようですけど、本人同士の合意なんて有ってないようなものなのかも知れません」 「ノーブレス・オブリージュっていうのか?くだらねえ。そもそもそれで、結婚相手を上流階級に絞るってのは、差別じゃねーか。高貴なる務めってのは分け隔て無い態度だってそうだろうぜ」  ようやく上司の怒りの矛先が明確にラッセルにも察せられた。というか彼女自身もラッセルとの会話で問題にすべき点がはっきりしたとも言える。 「だいたい、それでタスクを外す意味がわかんねーよ」 「……中尉、そりゃあ一般人は候補に入れないでしょう」 「え?あ……そうか、お前はしらねーか」  ラッセルの当然とも言える発想に、カチーナは一瞬意外そうな顔をしてからすぐに納得する。 「調度良い、ちょっと入れ」 「は?はい」  辿り着いた自室にそのままラッセルを入れる。  端末を操作して、隊長の自分以上の見ることの出来るタスクのIDを表示する。 「ホントは上司以外プライバシーの侵害なんだけどな、お前ならいいだろ」 「何です?」 「家族構成の所見てみな」  どれどれと画面を覗き込む。  両親とは幼い頃に死別しているようだ。 「苦労してるんですね、タスク少尉も」 「そっちじゃねえよ。問題なのはじいさんの方だ」 「え?」  両親の覧の下に、同居人として祖父のタクマ・シングウジの名前が挙がっていた。 「この人が?」 「備考、見てみな」 「……シリウス・コンツェルン会……ええぇーっ!?」 「巨大財閥の会長様、要するにあいつだって十分に御曹司なのさ」 「なんで軍人なんてやってたんです!?少尉は!」 「そのじーさんとの折り合いが悪いんだって言ってたけどな……或いはじーさんと折り合いを付けて、レオナに正式に付き合いを申し込む気なのか?あいつ……」  戦時特例法のラッセル達とは違い、伊達に正式に幹部候補生を経て士官はやっていない。カチーナは確かに正鵠を得ていた。  作業開始から26時間後の、当の御曹司である。  先程三時間の仮眠から目覚めたばかりだが、ここ三日で寝たのはこれだけである。  滋養強壮剤で持たせつつ、再びモニターに向かう。  イスルギ株は、底辺を過ぎて回復に転じているが頂点はまだ先だと見て放置している。それでも予想通りに値が回復した時には喝采したものだ。 『ミツコさん!お上手!』  イスルギ株の現在の上昇率は260%といったところか。  こいつがかなり大きい割合を占めている。もう少し資金を入れていけば良かったかとも思うが、キョウスケほどの土壇場での引きの強さが自分にあるとは信じていないタスクは、他の場所での資金の回転、下手を打った時の補填用の資金を考えればこれが自身で許したイスルギに裂ける限度額だった。  他の箇所での増額も含めると、おおよそ現在の資産は11億か。イスルギのお陰で好調である。 「とはいえ、あんまり頼りすぎてちゃ手痛いしっぺ返しを喰らわないともかぎらねぇか」 大本の、作業開始前の80%の値に達した時点でタスクはイスルギ株を全放出した。  それにより瞬間的に上昇は鈍ったモノの、最終的なイスルギ株の値は101%にまで達した。  ……尤も、直後にミッドグリッド大統領の演説によって軍縮、他の星系国家との協調路線が打ち出され、軍需産業全体が冷え込むこととなるのだが。  風が吹けば桶屋が儲かると言う。此度の事件で最も被害を受けたのはこの女社長だったであろう。 「……レオナ嬢は乗馬がご趣味であるとか……いかがですかな?北欧に父祖より受け継いだ高原があるのですが……度重なる戦火にも焼かれずに美しい風景が残っております。地球にお越しの際には是非とも共に遠乗りでも」 「それではその折りには立ち寄らせて頂きますわ」  レオナの言葉は礼節をしっかりと守っており、けっして無礼があるモノではないが、それだけであった。 「ガーシュタインの姫君は戦争以外にお心は動かさぬ」 という言葉が、貴族達に言われているが、それについても何ら関心を示さなかった。  四日前を最後に、その瞳は涙を流すことなくただ視覚的情報を脳に送ることのみに専念している。 「……どうだった?レオナ」 「ええ、とてもお優しそうで、お話も楽しいお方でしたわ」  父の問いに答えるのも、自分が「判断」した事のみを伝える。「感じた」事はなにも無かったから。 「あー……結婚相手としては、どうかね?」  今回の相手は、彼から見て最もまともそうな人物であった。  軍歴もあり、かなりの戦績を残していて、軍人の一門であるガーシュタイン家としても申し分ない人物ではあった。 「さぁ……私には断じかねますわ。お父様の判断に委ねます」  これである。  二日前から縁談相手に会わせているが、その度にこの返答であった。 「まぁ、なにもそんなに急ぐこともない。……ゆっくりと考えるといい」 「レオナ……その、無理に選び出す必要はないのよ?貴方の気に入る方が居るとは限らないのだし」 「お母様、無用の心配ですわ」  とうに希望は自ら断った。ならばそんなことに何の意味が有るのだろうか。  レトロを通り越して博物館モノである黒電話の受話器を下ろす。まだ動くのだから凄い。  連絡先は、伊豆基地のライディース・F・ブランシュタイン。  未だにレオナのお相手は決まっていないらしい。  そして画面に表示される保有株式数。  シリウス・コンツェルンメインバンクの天狼星銀行《シリウス・バンク》500万株――  自分は間に合ったようだ。 「なにせほとんど不眠不休だからなぁ……ふぁ……」  作業開始から一週間。寝る間も惜しんで切り詰め、週間睡眠時間は10時間を超えるか超えないかだ。 「っと、寝てる場合じゃねぇ」  ようやく自分は端っこに手が届いただけなのだ。レオナに対するアドバンテージは、他の良家のお坊ちゃん共よりは遙かに高いと自負してはいるモノの、手早く舞台に上がらねば彼女の方が他で妥協してしまっては何にもならない。  祖父に自分を認めさせ、その地位でもってねじ込んで…… 「……あこぎなことしてるよなぁ」  らしくはないとは思うが、形振り構ってはいられない。  疲労が頂点に達している体に鞭打ち、立ち上がって祖父を捜す。既に夜だ。 「どうだじいさん!500万株しっかり……って……」  自室に姿はない。祖父の姿を求めて縁側へ向かうと、座ったまま目を瞑っていた。 「お、おい、じいさん!?」 「ふがっ……何じゃ孫か。吃驚させるな。死神が迎えに来たかと思ったぞ」  眠りから急に醒まされ文句を垂れる。 「俺は死神というより改造魂魄……って違う!吃驚したのはこっちだぜ!こんなところでこんな時間に居眠りなんてしてたらマジに死神にさらわれちまうぞ!」 「ふん、こんなに待たせるお前が悪い。今日の午前中には出来るじゃろうと思ってみれば……何じゃ。じきに日付が変わるぞ?」 「わ、悪かったな!どうせ俺はじいさんよかずっと足りてねぇよ。色々と」 「そんなのは当たり前じゃ。それも加味しての予想時間じゃったんだが……戦争にかまけてサボり過ぎじゃな」  ふかぁくため息を付くタクマ翁。 「ぐ……」 「この件の片が付いたらまずは修行のやり直しじゃ」  そこで縁側の草履に足を下ろす。そして並んでおいてあるタスクの靴を指す。 「ほれ、お前もとっとと履け」 「って……何すんだよ?」 「待っておったと言ったじゃろう。まだ間に合うはずじゃ」  付いてこいというそぶりに従い、玄関へ回ると車が待っていた。 「ほれ、とっとと乗らんか」  杖で突っつかれ、車に押し込められた。ドライバーが扉を閉じ、直ぐさま走り出す。 「お、おいじいさん!俺は急いで……」 「判っておるわ。だからしっかりと下準備をしておったんじゃろうが」 「下準備ぃ?」 「お前の予想外の遅さにこっちはてんてこ舞いじゃ」  とんとんとこめかみを叩く。 「何企んでんだ?」 「この一週間何もせんとでもおもっとったのか。レオナ嬢の近状なども調べ上げたわい」  ニヤリと笑う。 「幸いにもまだ勝負は決しておらんようじゃ。そこで、じゃ」  ピッと指をタスクに突き付ける。 「儂が場をセッティングした」 「セッティング?」 「これより4時間後にコロニーで儂が主催の立食会が開かれる。ガーシュタイン家のお歴々も含めて上流階級と呼ばれる人々を招いてな」 「立食会だぁ!?」  タスクは目を剥いた。 「おいおい、俺はそんな……」 「上流階級を甘く見るな。お前の事じゃ。儂の孫という地位さえアピール出来れば良いとでもおもっとったんじゃろうが、ろくすっぽ社交界デビューもせんで周囲の賛同が得られるわけも無かろう」 「…………」 「お前の如才ない点はよ〜く理解しとるつもりだ。シャトルに着替えを用意してある。それからはマナーを一通り頭に叩き込んでおけ」  近くの病院の緊急用ヘリポートに用意されていたヘリに乗り換え、一路成田へ。出発準備が整ってから5時間も待ちぼうけを食らっていたシャトルは、不平も言わずに直ぐさま宇宙へと上がった。 「ともかくお前のせいで時間がない。本来ならもう少し身のこなしの練習時間も取れとった筈なんじゃがな……」  モーニングへと着替えるタスク。 「悪かったって。けど、じいさんがここまでしてくれるとは意外だったぜ」 「言ったじゃろう?私人としてみれば孫の数少ない結婚相手じゃと。お前がきっちりとけじめを付けたのなら全力で応援してやるわい……いい年をしてバンダナはやめんかバンダナは」  服は替わっているだけに目立つ。 「う、やっぱだめか……」  不承不承という感じで緑色のバンダナを外した。 「なんじゃ……お前その傷まだ治しておらんかったのか」 「そりゃそうだ。じいさんだって背中の傷跡は消してないんだろ?」 「む……まあな」 「俺は消さねぇよ。この傷は」  タスクの後頭部に走る裂傷あと。髪の毛に覆われているが、知っている人間には確かにそこに見て取れる。 「恥ずかしい奴め」 「照れるなよ、俺にとっちゃ大切な思い出なんだ」 「……お前どっか体が悪いんじゃなかろうな」  少し気味悪げに尋ねる。 「んー、まぁ寝不足でハイになってるな。普段は言えないから今いっとく」 「後で後悔しても知らんぞ」  4時間30分後。  遅れながらもシャトルはホープへと到着し、そのままエレカで会場へ到着する。 「お前は今日は儂の後ろに付くだけにしておけ。一人で動いてぼろを出されては、敵わん」 「はい。承知の上です、『御祖父様』」  タスクは既に入りきっている。少々薄気味悪いが、慣れるようにしようとタクマ翁は思った。一方のタスクは結構本気で楽しんでいる。元よりお祭り好きな性格である。自分が役柄を演じていると考えれば大した苦痛では無かったし、そんな自分をレオナに見せると考えるのも、反応を楽しみに出来る。  そんなタスクを伴って、晴れに設定された陽気の中庭園にタクマ翁は足を運んだ。 「主催者が遅れて申し訳ない。孫の準備に時間が掛かりましてな。いやぁお久しい。先の経済会以来か。これはこれはよく来て下さった。ああ、これは不肖の孫でして。まだまだ一人前にはほど遠いですがな」 「初めまして」  祖父の後に続いて、口数すくなに会釈を繰り返す。動きのモデルとしているのはどっかの紅茶王子である。 (あいつよくこんな無口でいられるなぁ)  かなりどうでもいい事を考えながらさり気なく周囲に目を配る。 ――居た。  一瞬それが誰だか判らなかった。髪をアップモードにまとめ上げ、赤のアフタヌーンドレスを身に纏った美しい婦人に目を奪われ、一拍おいてその姿が自分の探していた者であると気付いた。  それに見とれて脳の回転が鈍ったが、すぐまた回転を始めた。  ……彼女の側に、男共がいる。何やら話しているようだが、相互に牽制し合い、まるで肉食動物が獲物を横取りしよう、させまいとしているかのようにタスクの目には映り、それがまた、ますます脳の回転を速め、オーバーヒートさせていく。 (何、勝手してやがる)  煮えたぎった“どろどろ”が、タスクを突き動かそうとしたところで 「頭は冷えておるか?」  タクマ翁が言葉と共に杖でタスクを押しとどめていた。 「何のために不眠不休で頑張ったのかを忘れるなよ。ここで下手を打てば儂でも庇いきれん」  老人の目が、タスクを射抜く。 「……心得ております、御祖父様」  祖父の後継者の皮を被り直し、タスクは彼女と、その周りの有象無象共へ向かった。  正面から蹴散らしてやろう。  パートナーとして誰が彼女に相応しいのかを、あの良家のボンボン共に教えてやろう。 「お久しぶりです、レオナ」  近づき、声をかけた。 「……タスク?」  振り返ったその顔は、驚きの一色に染まっていた。  その事に少し気をよくしつつ、一礼して言葉を続ける。 「もうじき二週間ぶりといったところですが、会えない間、一日千秋の思いでこの日を待ちわびておりました」  そっと、誰よりも自然に、レオナの手を取る。 「本日はお越しくだ……」  だが、タスクの言葉は最後まで続かずに、逆にレオナの手がタスクの腕を掴む。 「れ、レオナ!?」  ビックリして声を上げる。 「いいから来なさいっ!」  しかしそんな反論も意味を成さずに、そのまま腕を引く。  何となくその勢いのまま引っ張られ、後ろにレオナの周りにいたいいとこの坊ちゃん連中の動揺のざわめきを聞きながら、会場の外れにあった生け垣の陰に連れ込まれた。  なんだか隠れて逢い引きしてるみたいだなーとか呑気なことを考えたりする。 「はぁ……はぁ……」  振り乱れていた髪を解いて、いつもの髪型に戻るレオナ。 「何故ここに居るのっ!」  襟首につかみかかるようにしながら、生け垣に押しつけられる。 「いや、レオナちゃんに会いたくてさ」 「あなた……気は確かかしら!?」  怒鳴りつけられ、ますますその手はきつく締め上げてくるが、反対にその目は今にも泣きそうな様子だとタスクには見えていた。 「あれだけの事を言われておいて、のこのこ会いに来た!?正気だというのなら、余程精神的被虐趣味でもあるんでしょうね!」  レオナとのそういうプレイはアリかもなー、などと不謹慎なことを考えもする。が、ひとまずは真面目な話だ。 「周りのみんなから話を聞けば、レオナの立場も判るしさ。非道いこと言ったのも、俺が諦めやすいようにって思ってのことだろ?」 「判っているなら……どうして来たのよ!?」  キッとレオナの青い瞳がタスクを睨み上げる。しかし同時にその目尻には涙が浮かんでいた。 「貴方と一緒にいるのはっ!もう、辛いのよ!なんでそちらは理解してくれないの?」  白いグローブの手が、タスクの胸を叩く。 「一緒には居られなくなるのに!少しの間だけ一緒にいたって!余計に辛くなるだけでしょう!?」  叩いて、叩いて 「……そんなに、私を苦しめたいの?」  叩き付けた手諸共にもたれ掛かるようにしてレオナの体がタスクに押しつけられる。  俯き気味に、まるで頬擦りでもするように横を向いた状態でいるため、顔は見えない。 「あー、あのさ?」  さりげなーく開いた背中に手を回しながら、話しかける。  手袋なのが惜しいなぁ。 「レオナちゃん、もしかして俺が勝手に忍び込んで来たとか思ってる?……その顔はやっぱそう思ってたか。いや、実はさ……俺、ここの主催者の孫なんだわ」  きょとんとした顔で見上げるレオナに、続けて言う。 「…………」 「だから、ここにいても全然OKな立場なんだぜ?」  にんまりと、笑ってみせた。 「は、初耳よ!?」 「そりゃそうだ。誰にも言ってねーからな」  バツが悪そうにぽりぽりと頬を掻く。 「じいさんとは折り合いが悪くってさ。後を継ぐ継がないで喧嘩になって、軍に入った訳なんだけど……そんなわけであんまり周りにも知られたくなくてさ。知ってたのは整備班長のカワサキ大尉とカチーナ中尉、それと……多分ショーン副長だけかな」  あの英国紳士は何でも知ってるだろうなと思う想像の中で、キラリとショーン・ウェブリーの目が光った。 「何なのよ、それは……都合の良いお芝居みたい」  泣き笑いのような表情を浮かべ、目元をぬぐいつつレオナが言う。 「王道って言うんだぜ?こういうの」  へへんと無意味に胸を張る。 「陳腐だわ」  はぁとため息をつくと、まだ赤いままの、だが穏やかな目でタスクを見た。 「どうしてもっと早くに言ってくれなかったのよ。そうしたら……」 「いやその……言ったろ?じいさんと折り合いが悪かったって。後、継ぐ気が無かったからさ、今回のことにはじいさんに納得してもらわなきゃいけなかったからな。ちょっとそれに手間どっちまったんだ」 「私の、ために……?」  凍り付いた表情のレオナに、しまったとタスクは心中舌打ちし、軽く笑ってみせた。 「ああ、そんな顔しないでくれよ。手間取ったって言っても、大した苦労じゃ無かったしさ。気にしなくてもいいぜ」  眠くてぶっ倒れそうだが、男には見栄を張らなければならないときもあるのである。 「いえ、そうではなく……あなた、跡継ぎになる気が無かったの?」 「……それこそ気にする事じゃねぇよ」  些か吐き捨てるような物言いになってしまったが、自嘲気味に笑いながら、視線をずらして軽く見上げる。  あまり見慣れないコロニーの天井が見えた。 「俺の方が責任逃れをしたがってたんだからな。どのみちいつかは正面向いて決着付けなきゃいけない問題だったんだ」  だから気にするなと再び戻した視線で言ったが、レオナはまた泣きそうな顔に戻ってしまった。  さっきのように感情を爆発させた彼女も可愛いが、出来るなら笑っていて欲しいタスクは、一計を案じた。 「んー、そんなに気にしてるんだったらさ、キス一回でチャラって事にしてもいいぜ?」  軽く口先を尖らせながら目をつぶり、引っぱたかれても良いように、心持ち左頬に力を込めて衝撃に備える。  だが、予想した衝撃はいつまでたっても訪れず、代わりに両肩に些かの重量が掛かり、次に唇が柔らかいものとぶつかった。 「!?」  目を見開き、今度は完全に固まった。  レオナが、近い。  軽く閉じられた瞳が、軽く上気して赤く染まった頬が、何よりもルージュを引いた唇が、近かった。  キスを終えてなお、呆然としているタスクを見上げて、レオナは言った。 「ありがとう……ここまで来てくれて。そして御免なさい。貴方にまで地位という重責を負わせてしまって」 「い、いや、だから気にしなくても……」  動揺しながらも必死に言おうとするタスクの口を、今度は柔らかいレオナの指が押さえた。 「これから、私と一緒にいることは、とても息苦しいと思うわ……それでも、私は貴方と一緒にいたい。一緒にいて欲しいって思うの。私と、一緒にいてくれますか?」  柔らかい指の感触を、名残惜しく思いつつも、ようやく自由になった口で、返事はきっちりと。 「ああ……君と一緒にいるよ。レオナ……」  ブロンドの髪をかき上げつつ、右手を首筋に当てながら自分の顔も近づけ、改めて、口づけを交わした。 おまけ 「初めまして。軍にいた頃、同じ部隊に所属していた、タスク・シングウジと言う者です」 「……下手な人格を作るのはおやめなさい」 「いや、頑張ってるんだぜ?レオナちゃんのお父さんに認められるように」 「一生それで付き合っていく訳にもいかないでしょう。それなら素の貴方で居なさい」 「いやいや、人間第一印象で勝負でしょ?……コホン、現在娘さんと結婚を前提として……」 「断っじて認めぇぇぇぇぇぇぇん!」